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 莉依子が龍のアパートにある浴室の鏡と向き合うのは、3度目だ。

 約束は3日間。
 つまり今日が最後。ここに居られる最後の日。
 
 初日に驚いた浴室内の清潔さは保たれている。指を滑らせても不快な感触はないし、鏡だって湯気による曇り以外はピカピカと光っている。龍は本当に綺麗好きらしい。

「ふむ。こう見るとけっこう似合ってるかもしれないね」

 莉依子は、顎で揃った髪を鏡越しに触れてみる。
 初めてこの姿を見たときはどうしようかと思った。何だかとても怖くなって、取り返しのつかないことをしている気にさえなって、取り消してもらおうかとも思った。

 1度口にした願いの撤回は叶わない。
 その事は、勿論莉依子が1番知っているのだけれど。

「……よし。最後の夜だ、がんばろう」

 鏡の中の自分を勇気づけるかのように呟いて、両頬を軽く叩く。誰にともなく力強く頷いた莉依子は立ち上がった。
 滴り落ちる水を柔らかいタオルで吸収しながら、このタオルを洗濯した人を思う。

 ひとり暮らしというものが、龍に与えたもの。

 キャベツが多めのやきそば。きっと自分で料理をするのだろう。
 そういえば莉依子と一緒に居る間1度もコンビニに行かなかった。生協というものには寄ったけれど、値札の上に黄色いシールが貼られている商品しか手にしなかった。