「いらっしゃいまっせぇーー」

 自動扉の開く音が聞こえた瞬間、この言葉が出てくるのは、最早条件反射になっている。
 ちなみに、我ながらのいい笑顔つきだ。
 振り返って見れば、距離感どこいったんだよと腹が立つほどくっついた、見るからにバカップルがイチャイチャしながら入ってきた。
 仕事中じゃなかったら、不快な気持ちを隠すことなく思いきり顔を顰めていたところだ。

 こんな時間にこんなとこでイチャつくんじゃねぇ。
 家でやれ、家で。
 思いながらチラリと周囲を見やると、今ホールで手が空いているのは俺しかいない。ならば仕方ないと思いながらも、それを客に気取られないようにすることだって、もう慣れた。

「2名様ですか?」
「見りゃわかんだろ」
「やだあもう、えーらーそおー」

 ……仕事中仕事中。
 金金金金。
 こいつらは深夜料金の札だ。そう思え。
 何回心の中で唱えたかわからない魔法の呪文を繰り返しながら、俺は営業用の声と顔で好きな場所を選ぶよう促した。
 
 深夜のファミレスでバイトを初めて、そろそろ2年経とうとしている。
 態度の悪い客に対するやり過ごし方も、表向きの笑顔もすっかり身に付いた。多分地元の連中が今の俺を見たら気持ち悪いと言いそうだ。愛想の良い方ではなかったから。
 それを良しとするかは別として、スルースキルってやつはかなり高くなった気がする。