「冗談よ。退屈まぎれに話しかけてみただけ。子供からたかるほど野暮じゃないわよ。でもここが怖い街なのは事実。君のお父さんも、どうせ殺し屋でしょ?」

 なんで分かったの、と尋ねると。「ここら辺にはうじゃうじゃいるから」とまた人懐っこい笑みを浮かべる。ぷるんとした艶のある唇が、きゅっと細まって。上がった口角のすぐ傍で、えくぼが現れる――なんてぼうっと見ている間に、右の手を握られて、ボクは、かたまった。

「さあ、坊やの家を案内してちょうだい。殺し屋のあたしがついていれば、少しは安全だろうさ」

 そして上の空になっていたものだから、空耳かと思って聞き返す。でも女の人は、自分のことを殺し屋だ、と繰り返すだけだった。信じられない。こんな綺麗な人がお父さんと同じ殺し屋だなんて。
 お父さんから漂ってくるのは煙草の匂いで、女の人から漂ってくるのは、甘い香り。同じ殺し屋なのに。

 つながれた手は、温かくて――二人で並んで歩いているだけで、頬を熱い血が上っていく。なんだか、ふわふわしていた。雲の上を歩いているみたいに。

「ぷっ、今、お腹なったよ」

 と笑われて、今度は別の意味で頬を血が上っていく。

「ラーメンでも食べる?」

 ボクはその誘いに上の空なままでこくりと頷いた。
 不思議な感覚だった。意識ははっきりしているのに、現実感があまりなくて。

 ただ、こうやってお姉さんと手をつないで夜の街を歩くこの時間が、どこまでも、どこまでも続いて――朝なんか来なくていいのに。

 もうずっと、このままで――