「また、外に出たいとか言うんじゃないでしょうねえ」

 呆れがちな返答。お母さんはボクが、外の世界に出ることを、あまり快く思っていない。極端な話、洗濯物を干すだとかちょっとした用事でも。

「言ったでしょ。この街は、危ないところだって。客を取る娼婦が溢れ、殺し屋や薬物の売人がうろうろしている」

 ボクの肩を持って、目線の高さを合わせて言いつける。何度も聞いていることだし、正直飽き飽きだ。
 この街が、ひどい街だってことはよく知っている。お父さんは殺し屋で、お母さんは娼婦だったらしい。ちなみに娼婦が具体的に何かは、教えてもらったことはない。

「じゃあ、何か手伝うことは?」

 どうせ外に出られないなら、ずっと手伝いをしていた方が退屈じゃない。
 そうね――とお母さんはしばらくの間考えた。編み物は、独り作業で、かといって中断して何か他のことを始める気にもなれない、と。

 短い沈黙の間、雨の音が部屋の中に鳴り響く。――どんどん強くなっている。
 と、そのとき、湿って重たくなった壁がべろりとめくれて、崩れ落ちた。ぼっかと開いた穴を通して、隣の家の屋根を伝って流れる水がどばどばと入って来た。