そこで、お姉さんの苦笑いの意味が分かった気がして、ボクは悔しくてたまらなくなった。でも、絶対、絶対に書く。書くと決めたら書くんだ。
 よおし、なんて声を上げそうになった。危ない、もう家の真ん前だから大きな声を出したりしたら、お母さんに夜に抜け出したことがバレてしまう。家を抜け出してきた時と同じようにそろりそろりと家の裏に回る。玄関の扉はきしんで物凄い音を出すから絶対にバレてしまう。裏手には相変わらず壁に大きな穴が開いていて、外の光が家の中にじんわりと沁みだしている。

 もう一度、慎重に。立てかけた板に当たってしまわないように、しゃがみこんで四つん這いになったところ、「おい」と声をかけられた。さっき、あたりを見回していたときは誰もいなかったはずで、人の気配も感じなかったのに。――男の人の声だ。聞いたことのある、懐かしい声。

「殺し屋の息子が、後ろを取られるとは……まだまだだなあ」

 バレた。見つかってしまった。お母さんにではなく、お父さんに。お父さんは一度仕事に出ると数日の間出かけっ放しになって帰って来ない。いつ帰って来るかも言ってくれない。だからそれが今だなんて思ってもみなかった。
 これはしかられるかな。覚悟を決めてお父さんの方へと向き直る。さあ、げんこつが来るか、と歯を食いしばる。

「内緒で外に出ていたか、その抜け穴から。随分と無茶をしたなあ。――その勇気は認めてやろう。どうせ、中に入ったらお母さんから大目玉を喰らうだろうからな。俺が叱る必要もあるまい」

 とりあえず無事でよかった、とボクの頭を撫でた。
 深くかぶった帽子の影で口元が緩むのが見えた。――なんだか予想していたのと違った反応だった。