「え……行ってどうするの?何かあったら、お母さんもそばにいないのよ?」
 母が、怖い顔で俺の両肩に手を置いた。俺は、それから逃げるように視線を落とす。
「片倉さん、心配でしょうが今のところ体調面は良好です。それに……」
 そう言って横にいた藤咲先生は、母を一旦病室から連れ出した。大方、もう時間がないとか、エリが一緒に行くだとか、そんなことを話しているのだろう。
 二人は三分たらずで、戻って来た。母は俯き、唇をかみしめて一点を見つめていた。その後少し顔が上がり、俺と目が合う。
「……いいわよ聖夜。行ってらっしゃい。でも、絶対安静にね。……楽しんで来てね」
 微妙に引きつったその顔色からは、葛藤が読み取れた。不安と迷いと、それでも俺のためにという思い。
「ありがとう」
 エリにはあまり似ていないが、同様に美人な先生のおかげで、母からなんとか外出許可が出た。
 反抗期だったはずの俺は、死が目前になってから感謝を伝えることが多くなったと思う。
 もちろん、感情に任せて当たり散らすことはある。けれど一人になった時、何も伝えられずに死ぬのが怖くなった。面と向かって言う勇気はでなくても、その時その時に感謝を伝えたら、後悔が減るかもしれないと思った。でも、まだまだ伝えきれていない。
 死にたいと願ったくせに、死にたくないと思うのは矛盾しているだろう。俺だって自分が何をしたいのか、考えれば考えるほどわからない。
 ただひとつわかったことは、死にたいと願うやつの考えなんて、矛盾しかないということだった。