鐘楼の辺りから正面の渡し橋へと、お堀の水面ギリギリを猛スピードでアリシアが飛びぬけていく。
 橋の下をくぐり抜けると、探るようにゆっくりと顔を覗かせた。

 不格好に鳴り響く鐘楼の音に門番たちも、橋を渡る馬車も何事かと騒いでいる。

 実際、警備に当たっていた数名は鐘楼に様子を見に行ったらしく警備は手薄。

 素知らぬ顔で橋の上に降り立つアリシアには誰も気が付かない。
 そのまま堂々と徒歩で城内に侵入したアリシアは衣裳部屋を目指して歩き出した。



 ソリスの覗く階下は螺旋(らせん)状の階段が渦を巻いている。

 このままここにいても逃げ道はない。

「んー。」
 階段上なら1度に来ても1人か2人。
 正直言って、衛兵の10や20物の数ではない。

(ないけど、ここから落下したら怪我じゃ済まないよね。
 余計な怪我人や死人は出したくない。
 顔を見られるのも避けたいしな。)

 とりあえず階段を下りながら考えをまとめていく。
 石造りの内壁は綺麗なベージュがグラデーションを描くように配置されていて、小さな明かり取りの窓だけでもそんなに寒々しい暗さを感じさせない。

「ん。
 んんんっ!」
 螺旋階段の途中に、おそらくは内部に入れるようの小ぶりの木戸と小さな踊り場が目に入った。

 飛びつく木戸にノブ等はなくはなく、もちろん内側から施錠されている。
 木戸の隙間を覗き込むと錆(さ)びた鉄板。

(この感じ。
 鉄板に南京錠か。)

 階段を上がってくる衛兵の足音を聞きながら、鞘(さや)に納めた剣の柄を握る。

 息を整え、集中力を高めていく。
 ゆっくりと肺を満たす空気が気合いとともに短く吐き出され、鞘を滑る勢いに乗って木戸のわずかな隙間に刃(やいば)を振るう。

 カチャリ。

 金属の触れる小さな音に、ソリスは抜刀(ばっとう)した剣を鞘に収めた。
 ゆっくりと押す木戸は今度は何の抵抗もなく、ソリスを招き入れる。

 人気のない殺伐とした廊下。
 ベルト代わりに腰に巻いていた布を、両断された鉄板を繋ぎとめている南京錠とドアノブに通し、きつく結んで一応の時間稼ぎを図っておく。

(さてと。
 うちの小娘はどこに行ったのかしら。)
 もちろん、ソリスが鐘楼を鳴らした<事件>を利用しない手はないはず。
(やっぱり衣裳部屋か。)

 ソリスは下に降りるための階段を探しに歩き出した。
 木戸越しに聞こえていたバタバタと階段を駆け上ってくる足音も、すぐにソリスの耳には届かなくなっていた。