「やりにくいわねぇ。」
 振り上げたロングソードがつい止まる。
 姫の胸元で存在を主張するように、大きな青いペンダントの宝石が光を集めた。
 人ではないと解っていても、無抵抗の者を手にかけるのは気が引ける。

 カエリタイ。
 ワタシノカラダハナイ。
 カエリタイ。

 小さく唇が動く。

(身体はない。
 じゃあ、今ここにあるこの身体はなんなんだ。
 影、作り物。アリシアが言っていた。
 欲しかったのは復讐心(ふくしゅうしん)。)

 ソリスの視界の片隅で、姫の腕に刺さったダガーナイフが飛び抜けた。
「しまった。」
 傷口からあふれ出す黒い影がソリスの足に絡みつくと、先程のお返しとばかりに足をすくい上げソリスの身体が横転させられる。
 黒い刃に引かれるように立ち上がる姫の手元が、今度は上からソリスを狙ってきた。

 腹筋を使い、上半身を丸めるように引き寄せたその後頭部のすれすれを、黒い刃が行き過ぎる。
 刃と身体。どちらも一体の剣士なら、斬られていたのはソリスの方だったかもしれない。
 振り抜く剣が、足に絡んだ影を斬る。

(実体がない。
 ここでこいつと遊んでないで、やるならばーさんの方が先か。)
 前方に転がるように距離を取り、しゃがんだまま振り返るソリスの目の前に黒い刃が迫る。
 姫の足元に飛び込むように転がり込み、難を逃れたソリスが姫のサイドから剣を振るった。

「悪いわね。
 あんたの帰りたい場所にちゃんと送ってあげられればいいんだけど。」
 ペールブルーのドレスごと、胴の半分近くを断たれた姫は何も発することもなく、蟠(わだかま)る影が奇怪な蠢(うごめ)きを見せる。

「氷結鞭(アイス・ウィップ)っ!」

 アリシアの放った氷の帯が意思を持ってソリスを迂回し、触れた姫の身体を一瞬にして、影ごと氷の彫刻へと仕上げた。