ソリスの目の前で、瞳を見開くペールブルーのドレスの姫はがくがくと身体を震わせた。
 意思の無い瞳。
 両手が挟み込んだ頭を抱える。

 その背後から立ち上る、黒い影。

 華奢(きゃしゃ)で繊細(せんさい)な美しい姫から立ち上るのは。

 ー悪意ー

 体勢を低く構えたソリスに向かい、影は鋭く凶暴な一撃を刺す。
 大きく後方に飛びず去ったソリスの、元居た場所が抉(えぐ)られた。

「お互い本気で行こうじゃないの。」
 引き抜いたロングソードが、白い外階段を照らす魔法の光を反射する。

 まるで人形のように生気のない姫の肢体(したい)が揺れると、その四方から鋭利な影の槍(やり)がソリスを貫(つらぬ)こうと襲い掛かってきた!

「ちょおい。
 数が多いよっ。」
 馬車の影に入り、後方に飛び退きながら剣を振るう。
 剣に触れ、千切れた槍は空気に溶けるかのように霧散していった。

 狙いすました2本の槍がソリスを右上方と左下方から、挟み込むように伸びて来る。

(下がったら殺(ヤ)られる。)

 直感的に感じた身体がソリスの足を止め、膝(ひざ)のバネに力をためると、目の前に迫る影の槍に向かい飛び込みながら剣を立てる。

 ブファ。

 強いて言うなら、細かな羽虫の塊が分割されるかのような感覚で、影を切り裂くソリスの背後を槍が狙う。

「挟まれたっ。
 曲がる槍とかズルくないっ?」
 振り切る剣を背後に構え、ソリスの瞳が頭上から迫る槍を捉える。

 頭か腕かを貫かれるなら、捨てるは左腕か。
 剣を頭上に引き戻し、腕を狙わせた槍が身を捻(ひね)るソリスの左肩を切り裂く。
 まさにその時。

「竜吹氷嘶(ドラゴブリーズ・ブレイ)っ!」

 力ある言葉に応えて、アリシアの掌(てのひら)から猛吹雪が巻き起こる。

 根元近くを分断し、触れた影は氷のカケラを宙に撒(ま)くと、外灯代わりの魔法の光を反射した。

「っ!」
 間一髪。
 ソリスの肩は服の繊維を切り裂かれはしたものの、かすった程度の傷を残して、空間に霧散した影槍の追跡から解放される。

「あらぁ。
 もしかしてソリスのピンチを、救っちゃったのかしら?」

 風の魔法を制御して、ドレスのスカートをふわりと膨らませたアリシアが地面に降り立った。

「んふふ。
 この貸し、高いわよ。」
 にまぁっと笑う悪魔の微笑みに、ソリスの顔が引きつる。

(マズい。このバトルが終わるまでにアリシアの貸しをプラスアルファで清算しないと、しばらくスイーツ付きの昼飯を奢(おご)らされる。)
 ある意味で、命を賭(と)したこの戦いよりなお、深刻なお財布戦争が勃発(ぼっぱつ)しかねない。