深夜12時の鐘がなると、魔法が解けるの。
 私はまたあそこに戻る。
 手を刺す冷たい水、凍える部屋、暖炉の灰は疲れた身体を暖めてはくれても、癒してはくれない。
 今が永遠に続けばいいのに……。





 街道を歩く2人の耳に賑やかなざわめきが聞こえてくる。
「何かな?」
「森の中からだね。」

 最近このあたりの街道では人の行方不明事件が何件か報告されているらしい。
 魔物に喰われたとか神隠しに遭ったとか。
 今朝立った宿屋の主人にも忠告を受けたが、だからと言ってアリシアとソリスにとっては行き先を変更するほどの事ではない。

 そのせいもあるのか午後の街道は天気がいいにもかかわらず、人気ひとけが無かった。
 田舎に向かうほどそれは顕著けんちょで、特に気になることもないのだけれど、どういうわけかどうにも落ち着かない〈イヤな感じ〉が先程からソリスの頭を悩ませている。


 街道の石畳みの脇は生い茂る木々に視界が遮られ、ざわめきは耳に入るもののそれを目で確認する事は出来ない。

「気になるなぁ。」
 木々の向こうが気にはなるものの、アリシアも分入ってまでは行こうという気は無いらしい。

 理由はわかっている。
 森に入れば、落ちた木々にブーツが傷付き、ローブの裾に落ち葉が絡む。
 要するに汚れたく無いのだ。

「ソリス。脇道がある。」
 心なしか大きくなったざわめきに、足を速めたアリシアが興味深々とばかりに中を覗き込む。
 追いついたソリスもそれに習い、森の脇道に視線を移した。


「ようこそおいでになりました。
 お待ち申し上げておりましたよ。
 ソリス・レアード様。
 アリシア・ノベルズ様ですね。」

 城下町に入る大きな城門には左右に1人づつ、槍を携えた門兵が立ち、それよりも身なりのいい男がロール紙を伸ばして中の名前を確認している。

「は?」
 いぶかしげな顔をしたソリスが自分のフルネームを読み上げる男を一瞥いちべつする。
 今通ったばかりの自分たちの名前を呼ぶ男。
 そもそもソリスの記憶では、覗き込んだ脇道にこんなご大層な城門は見られなかった。

(なんだ?)
 全身を包む奇妙な気配に腰のロングソードに手を掛ける。
 振り返ろうとするソリスに男が手を差し出し、城下町へと身を促した。

「馬車を待たせてあります。
 今宵は城にてパーティーがございます故、ごゆっくりとお楽しみくださいませ。」
 2頭立ての白馬が引く馬車は、細かな金の装飾が嫌味で無い程度に施され、品の良さが溢れている。

「パーティーっ!
 お呼ばれしまぁっす。」
 ローブの裾をつまみ上げ、うやうやしくアリシアが馬車に乗っていく。
「ちょぉいっ!」
「だぁいじょぶだってっ。
 行くわよ。」

 金に近い榛色はしばみいろの長い髪、大きな深いエメラルドの眼、ふっくらとしたサンゴ色の唇。
 愛らしく整ったアリシアの顔がにこぉっと笑う。

(あたしが気づいてるのに、勘のいいアリシアが気づかないはずはない。)
 赤に近い栗色のショートヘアに手をやり、ソリスは少し考えているようなそぶりを見せた。
(とりあえず、ほったらかして何かあったら後々面倒な事になる。)
 それを避けたい一心でソリスも馬車のステップを上がった。

 城下町を抜け、お堀に降りる大きな跳ね橋を、馬車は進んで行く。
 それなりのスピードが出ているはずだが、車内のクッションは、それを吸収しても余りあるほどの柔軟性で2人のお尻を守ってくれている。

「さあ、どうぞ。
 侍女が衣装室にご案内いたします。」
 御者ぎょしゃが差し出す手を借りて馬車から降りるアリシアは、どうやらプリンセス気分を満喫するつもりらしい。

 見上げるほど大きな城は、いくつもの塔を持ち権力を誇示する力強さの中にも、優雅な気品を漂わせる。

 ライトアップされた大きな黄金の鐘楼。
 美しい曲線を描いて伸びる白い外階段。

「行くわよ。ソリス。」
 アリシアに促され、ソリスも城内の長い廊下をゆっくりと進み始めた。

「お召替めしがえが済みましたら、この廊下を奥にお進みください。
 本日のパーティーはお妃様の選考会も兼ねてございます。
 御幸運をお祈りいたしております。」