琢磨の抱く理由は、至って簡単なことだった。
 これから死にゆく運命にある自分の力では、自分をこれ以上育てることも、まして他の誰を助けることすらも、その一切が出来ない。そんな自分が、形はどうあれ、他人を救うことが出来る。名前も顔も知らずとも、それはどんなに素敵なことなのだろう、と。

 真っ先に浮かんだ理由が、これだった。
 そんな旨を伝えた琢磨に、老人は問う。

『誰を救いたい?』と。

 見当も付かない琢磨に、老人は様々な人の顔写真が載っているリストを見せた。
 一ページに一人、詳細な情報も共に羅列されているそれを丁寧に捲っていく老人に、しかし琢磨は見向きもしないで『誰でもいい』と答えた。

 面倒になったわけではない。
 投げやりに言ったわけでもない。

 誰でもいいから、救いたかったのだ。

 そんな琢磨の言葉に、表情の見えない老人は頷き、では眠れと琢磨に言った。次に目が覚めた時には、既に人を救えていることだろうと。

 その言葉を機に、琢磨の瞼が落ち、次第に意識は薄れていく。

 そうして覚めた視界の先は――
 見知らぬ白い天井が埋め尽くす、誰かの部屋だった。