「外出許可を」


「あないな怪我して、外出許可出たんか?」



「……………。」



殊犂の目線が逸れる。



実は、1度来たきりの蜜穿を探したく、医者に無理矢理外出許可を取り付けた。


激しい運動をしないようにと言われていたのにもかかわらず、息が切れるほど走ってしまったことも言い訳が出ない要因の一つだ。



「うちを探しとったちゅーことは、兄ちゃん達と同じであんたも聞いとらんみたいやな。」


「何を?」



「まあええわ。目的は達成されたんや、帰るで。」


「お、おい…押すな。」



蜜穿は殊犂の背を押し、病院へと連れ戻しにかかり足早に出て行った。



「なんや、取り越し苦労やったな。」



「けど、元気になって良かったわ。」


「ほんまやね。」



蜜穿の様子に、楮筬と碑鉈と剣は安心する。



「慌ただしいやっちゃ。」



鰍掩は鬱陶しそうに言うが、その顔は嬉しそうだ。



「かっきー、蜜穿んこと知っとったんか?」


「さっき会うた時に聞いたんや。蜜穿様携帯持っとらんし探すに探せんかったし。」



柿蒲も先程、事の顛末を聞いたようで、全ては掎蹟の連絡ミスが原因だった。

「好かれたいな思う時は、目見て笑ってや。(笑う時だけ目反らしたら逆に嫌われるさかい、気ぃ付けや。)」

「絶対安静ちゅー言葉の意味、分かっとらんやろ。」



呆れたように言う蜜穿。


病室へ連れ戻された殊犂は、されるがまま大人しくしている。



掴まえたタクシーの中で、涓畤壟達に話したことを説明した。


報告が皆無だったことに掎蹟へ悪態を付くが、治療を提案したので許すことにする。



「さっきのあんたの行動なんちゅーか知っとるか?ノンバーバルコミュニケーションゆうねんで。……あんたは単純で分かりやすいから、いらんちゃいらんけど。」



「…貴様、単純単純と言うが、一体俺のどこが」


「全部。」



「………………。」



即答されてしまい返す言葉が無い。



「……それにしても、何故突然治療を受ける気になった?病院は嫌いだと拒んでただろう。」


「………………。」



「言いたくないなら構わない。ちゃんと治ったならそれでいい。」



今度は蜜穿が閉口してしまい、完治したのだから無理に聞くことではないと考えを改めた。



「別にな、あんたに生きろと言われたから死ななかった訳や無いし、あんたに助けられたから生かされとる訳でも無いで。」



殊犂が無理強いしたとは思って欲しくないらしい。

「うちは子供らに、ありきたりでもええから幸せやったと言える人生を送って欲しかったんや。」



自分には幸せという意味は分からなくても、施設が必要な人生はありふれた平凡などではないのだから。



「やから、うちが子供らの分まで裏でやればええと思おてた。」



蜜穿の正常性バイアスは、叡執によって膨れ上がり強調されていき認識さえ無くなった。



「けど、あんたと出会おてな、それだけやあかんて感じるようになってしもうた。」



苦く笑う蜜穿の頭の隅にずっと残っていたのは、殊犂が栲袴に言った言葉。



「あんたはうちに固執しとったけど、うちの存在がないとしてもあんたが生きてるだけで良かった。」



だから、遠ざけた。



殊犂との未来を描いた遠い夢など、叶わないと思ったから。



だけど、絶望が教えてくれてた希望は。



「だんだん、あんたの人生にはうちがいて欲しいて、あんたと生きていきたいて思うようになった。」



自分が想う分だけ、殊犂にも想って欲しい。


いつの間にか、一方的では満足出来なくなって欲張りになって。



自らの意思で叶えようと思ったのは、殊犂の隣で日々を過ごす近しい未来。

「あんたが傍をうろちょろしとったおかげでな、うちは笑うたり泣いたり、……怒ったり出来るんやって事を、もう一回教えてもろた。」



二度と失うことのない、失わない心を。



「きっとあんたやからやろうな。あんたやったからうちは………」



いつも真っ直ぐに自分を見てくれた殊犂は、操り人形から1人の人間にしてくれた。



だから。



「犯罪者なうちが、誰かに………あんたに、愛される資格なんてないんやろうけど。」



明度対比のように、蜜穿の顔つきは明るくて。



「うちは、あんたを………藹革殊犂を好きでおってええやろか?」



今までで一番の笑顔で、蜜穿は問うた。



「………………。」



伝えたいと思っていたことは、まだ伝えきれてなかったのに。


犯罪者を一番許せない犯罪者の扉は、英雄の鍵でもう開かれていたようで。



とんだ異動と思った自分に説教してやりたい。


今なら良かったと、本当に良かったと思える。



蜜穿に出会えたのだから。



「俺だって貴様が……飴魏蜜穿好きだから、そうでないと困る。」



殊犂が絞り出した返答はなんとも単純で、蜜穿の笑いを誘うには十分だった。

「この間のボヤ、きゅーさんの近くやったんやて?大丈夫やったん?」



蜜穿の件が一段落した数ヶ月後の店内で、心配そうな碑鉈の声が聞こえる。



「大丈夫やったで。原因はトラッキング現象らしいて、お古は気ぃ付けなあかんわ。」


「酒もあかんな。スピリタスなんか、アルコール度数高いし、火気厳禁やさかい、その側で煙草なんか吸ったら一発で火事や。」



「ほんまやね。最初は、灯油やガソリンや臭いがした放火やゆうて情報が錯綜しとったみたいやし。原因分かってホッとしたなぁ。」



誰の身にも起こる事、ボヤ程度と侮ってはいけない。



「ほんま、そう!俺もめっちゃ悩んだんや!練炭や七輪で自殺か?ピロマニアちゅー快楽的連続放火犯やったら、地理的プロファイリングの円仮説で導き出さなあかん。マッドサイエンティストの実験で起こった突沸やったら、誰か突き止めなあかん。ほんまに、悩んで悩んで悩みまくっとったんに。ようやくゆっくり寝れるで!」



またまた深夜番組の影響らしい。


色々なことが混ざっている上に、意味を正しく理解していないので支離滅裂だ。



ただもう、涓畤壟の力説っぷりに、誰も突っ込もうとはしなかった。

「ほな、わしはそろそろ。天気ええし、獣象はんとこの縁側で将棋でも指そかいな。」


「ウチの会長も誘ったって。あの人出不精やさかい、こないな快晴でも家か事務所におるやろ。」



「任しとき、ほなな。」



返済の用を済ませた張匆は、獣象と煎曽の元へ将棋をしに帰って行った。



「隗赫鰍掩っ!!」



「おっ!ことり、今日も元気やな。」



「元気過ぎるわ、扉壊れんで。ひなさん、コーヒー2つ。」


「はーい。」



お馴染みの呼び声と共に開かれる、あまり丈夫そうではない扉の心配をしなければならない。


殊犂の気持ちを代弁するかの様な強い力である為だ。



「ちゅーか、ことり。お前もしつこいやっちゃな。蜜穿んことは黙認して見逃したくせして。」


「……公私混同はしない。貴様の場合、現在進行形で証拠があるだろう。さっきも貴様の客に会ったんだからな。」



張匆のことを言っているようだ。


確かに生き証人で、簡単に抹消出来る蜜穿自身の証拠とは異なる。



「も~。ことりちゃんは手厳しーなぁ~」


「諦め、殊犂のしつこさは世界一や。」



言わずもがな、苦笑する蜜穿が一番良く分かっている。

「『殊犂』か……。えらい昇格ちゃいます?こ・と・り・ちゃん。」


「ウルサイ。黙ってろ。」



先に席に着いた蜜穿に聞こえない様に涓畤壟は小声で言うが、ニヤニヤが止まらない。



なにせ呼び方が『お巡りさん』から『殊犂』になったのだ。


恋のキューピッドとしては鼻が高い。



殊犂も照れくさそうに言う為、涓畤壟の顔は尚更締まりが無くなる。



「黄縁叡執、訴追されたらしいてな。余罪もたんまりあって、てんやわんややて?」


「復帰そうそう裏取りに駆り出されて、お疲れさんやったなぁ。」



「貴様ら、一体どこから情報を……」


「お前の部下や。あいつ、ええ奴やでな、ほんまに。」



またもや警察関係者しか知らない事を知っていた鰍掩と楮筬。



何故、今回の情報源は掎蹟だったのか。


蜜穿のことの連絡ミスをネタに脅し……もとい、警察官やったら責任取らなあかんのちゃうかなぁ~?と軽く、ほんの軽く鰍掩と楮筬が挟みうちで言った。


それで、掎蹟が自ら、決して2人が強制した訳ではなく、自ら話したからである。



「口を滑らす剥嚔石も剥嚔石だが………貴様ら、いい加減にしないと、恐喝で逮捕するぞ。」

「おぉーこわっ。」


「なんや、まだあだ名で呼んどらんのか?きぃーせ、寂しいやろうに。」



「憶測でものを言うな、剥嚔石は小学生ではない。」



殊犂は呆れて否定するが、掎蹟があだ名で呼んで欲しいのは事実。


あだ名の道はまだまだ遠そうだ。



「ところで蜜穿ちゃん、家見付かったん?探しとったやろ?」


「まだやったら、僕らの知り合い当たろうかと思おとるねんけど。」



「ああ、いらんいらん。ことりと同棲しとるさかい、新しい家は用無しや。」



碑鉈と剣の提案を断ったのは、蜜穿ではなく楮筬だった。



「な……!何故貴様が知ってる?!」


「この間、きぃーせが他のサツと話しとんの偶然聞いたんや。偶然、な。」



「傍聞きもええとこや…」



楮筬のにやける顔に、到底偶然とは信じがたい。



「あ!蜜穿様~!」



来店してそうそう蜜穿を見付け抱きつく柿蒲。



「ええかげん、抱きつくやめ。」



「え~やって、蜜穿様がおるん、嬉しいねんもん!蜜穿様はうちのお師匠様やもん!」


「師匠って……弟子は取っとらんわ。離れ。」



色々落ち着いたので頻繁に来る蜜穿が嬉しいらしい。

呆れる蜜穿にも構わず、柿蒲はニコニコと続ける。



「それに、下着姿までになってことりっち助けようとした蜜穿様もかっこええし、憧れるわ!」


「血まみれのジャケットまで着れるんやからな。おアツいこっちゃ。」



柿蒲は目をキラキラさせているだけなので、にやけ顔の涓畤壟を殊犂は睨んだ。



「うちが危険な目に遭っとったら、かしゅー様もことりっちみたいに助けに来てくれる?」


「そん時にならんとな。まぁ俺は、撃たれるなんてヘマせーへんさかい。」



「ほんまに!嬉しー」



目がハートの柿蒲には悪いが、鰍掩との想いの差がありすぎる。


現に鰍掩は柿蒲ではなく、ニヤリと勝ち誇ったかのように見て、殊犂も睨む相手を鰍掩に変えた。



飽きるほどに同じ言い合いを繰り広げる殊犂を、蜜穿はボンヤリ見つめる。





生きている意味なんて、生まれてきた理由なんて、探したってどこにもなかった。



親の都合で産み落とされ、生を受けただけなのだから。


自分で作り出すしかないのに、それすら奪われて。



最期の時こんな人生で良かったのかと、普通の人はきっと悩むのだろうけど。


自分はそんなことは無くて。

でも殊犂と出会い、無が有になった気がする。



どんな過去でも、罪まみれでも、


それでも、生きてきて良かったと思える人生でいたい。



そんな考えが浮かぶようになった。




だから、殊犂を好きだと自覚出来たのかもしれない。





探求していた迷宮。


されどその答えは


至極単純なものだった。



「最近バイトはどうなん?また忙しゅうして体調悪なっとらん?」



「……ん…平気」


「大丈夫だ。無理しないよう俺がいるから問題無い。」



「…ならええね。」



自分の思考回路にトリップしていた蜜穿はワンテンポ答えるのが遅れる。


そんな蜜穿を遮った殊犂は得意気に言うが、ノロケになっていることに殊犂だけが気付いていない。



問うた剣も苦笑いなくらいに。



「ちょくちょくな、警察から依頼来んねん。殊犂とは違う課からな。」



ワンクリックなどの詐欺は海外サーバーを経由している為に捜査には時間がかかるが、蜜穿にかかれば赤子の手をひねるように容易く辿り着けるから、警察も頼りにしているようだ。



生真面目で通っている殊犂と同棲しているのも、結果的に蜜穿の信頼度を高めている。

「詐欺に使う顧客のデータなんかは、流出が怖ーて紙で置いとくもんやけど、今はちゃうからな。時代も変わったもんやで。」



楮筬がしみじみ思うのも無理はない。



一昔前のデータ収集といえば、……例えばだが。




旅行会社の社員に扮して、定年退職後のシニア層に向けた1人でも行ける旅行を提案して回る。


ボランティアに扮して、高齢者宅を回る。


役所の福祉課に扮して、住宅地を回る。



等々がある。




全て詐欺に使う為にしていることなので、しみじみ思うものではない。



しかし十二分に気を付けることだ。



「まぁ、今流行っとる占いサイトも同じやけどな。」


「え?なんで?」



「占いに嘘はゆわんやろ。昔は占い師やったみたいやけど。」


「確かに。ニュースでもやっとったけど、個人情報の流出は大変なことになるんやし、気ぃ付けなな。」



剣自身は興味は無いが碑鉈や柿蒲は興味があるので、注意しなければと思った。



「上杉暗号、シーザー暗号………、それともシンプルにアナグラムなんか………?!何にしても、FBIとかCIAとかMI6とかに盗まれんように、パスワード登録し直さなあかん!!」

『これであなたの情報も安心!』と書かれた怪しげな本を片手に、涓畤壟は何やら必死な様子。


流れからして蜜穿の話しを聞いたからのようだが、あいにくパスワードの話しではない。



しかも、狼狽え方が何故かスパイ染みているのは、言わずもがな深夜番組の影響で、もう誰も気にしない。



「各所轄に配布する警鐘ポスターの監督や撲滅資料作成の手伝いなどもしているんだ。」



警察の捜査協力だけではなく、民間企業からの依頼も警察経由で引き受けている。


安全性をトリアージ形式で評価して、警告したり改善策を提案したり、結構好評なのだ。



蜜穿を評価されていることが殊犂も嬉しいらしく、鰍掩や楮筬に対しても笑顔になる。



「ほんで、蜜穿が働いとるさかい、自分は呑気にお茶しとる訳か。税金泥棒がええご身分やで。」


「………ふん。そこの下僕に命令だけしてる貴様とは違う。真面目に働いて、少し休憩しに来ただけだ。……蜜穿、こんな奴といると悪影響しかない。出るぞ。」


「ごちそうさまでした。」



捨て台詞並みにさっさと出ていく殊犂。


仕方がないという雰囲気でついて行く蜜穿は、また来ますと小声で言う羽目になった。

「もう蜜穿様が帰ってしもーたやないの!あんたが煩いからやで!」


「痛った!何すんねん!」



「パスワードやったら決めたるさかい、ちょー貸し!」



柿蒲はそう言うと、涓畤壟の頭をはたき本を取り上げた。



「2人とも~仲良ぉしなあかんよ~」



子供の喧嘩の様に揉み合う2人を、碑鉈は親心で止めにかかる。



「照れ隠しに喧嘩吹っ掛けるん、やめた方がええですよ。」



賑やかな碑鉈達を見ながら、剣は苦笑いで鰍掩に問うた。


さっきの憎まれ口は、殊犂に微笑まれたことに照れたらしい。



「………ほっとけ。プレーボーイ面して殊勝やさかい、からかい甲斐があるだけや。」



自覚があるのか、いつにも増してぶっきらぼうに鰍掩は言った。



「まぁ反対に、きぃーせはマダムキラーやな。同年代のくせして女子力0%と噂の彼女より、おばはん力100%のマダムの方が似合おうとる気がするわ。」



義理堅い鰍掩も似たようなものだと思うが、それを言うと照れ隠しがまた発動されそうなので、掎蹟へと話題を変える。



「あの顔で意外性抜群やな。」



上手く気が逸らせたようで、鰍掩はいつもの様にニヤリと笑った。

「ったく、隗赫鰍掩め。あの減らず口とねじ曲がった根性、絶対叩き直してやる。」


「…まあ頑張り。」



個人的な目的に変わっている気がするが、見ている分には飽きないので蜜穿は訂正はしなかった。



「そーいやあのクレプトマニア、どーなった?きぃーせが忙しゅーしとったようやけど。」



先頃、風俗店から金品を盗んだとして、アルバイトの20代の女を窃盗の容疑で逮捕した。


女の供述によると、店の金庫から数千万の現金とインゴットを盗んだという。



「女の供述とは違い、店からの被害届はインゴットだけで現金が含まれてなかった。」


「もしかせーへんでも、現金は裏金か?」



「ああ。女の数千万あった借金は、店が被害に遭った翌日一括返済されてたし、出所はその店で間違いない。」



盗んだインゴットだけでは返せない額だったのも決め手の一つだ。



「しかも色々なところで着服してたようで、剥嚔石はその裏取りだ。」



被害届が出ている店と女の関連を捜査していた為、掎蹟は忙しかったようだ。



「なんや、きぃーせと相棒やないんやな。」



警察は2人組が基本と蜜穿は思っていたが、どうやら違うらしい。

忙しい掎蹟に対して、自分とお茶をする余裕がある殊犂。


自分の時と同じく、殊犂と掎蹟はセットではないのかと疑問に思ったのだ。



「剥嚔石は相棒ではなく部下だ。……ちょっと待て。」



着信は殊犂の難しい顔からして、警察のお仲間のようだ。



蜜穿その顔を見ながら、声が聞こえない範囲まで少し離れる。



捜査協力はしているものの、殊犂が話すのはマスコミに発表する程度のことで、詳しい捜査情報までは知らない。


蜜穿も一応一般人の部類なので、必要以上には聞かないようにしている。



殊犂も弁えてはいるが、ふとしたことで情報漏洩させたくはないからだ。



クレプトマニアの女の件も、日雇いバイト時代の仲間が店で偶然働いていたから気になって聞いただけにすぎない。



「貸別荘にあったハーブの中から大麻が見付かった。天井裏や天袋から発見されたマリファナも鑑定の結果、それを加工したものだった。」



「木を隠すんなら森ん中、見付かってマズイもん天袋や天井裏に隠すんが常套手段やからな。」



捜査が行き詰まった時に、裏社会を良く知る蜜穿からアドバイスを貰うのは、たまになので大目に見てもらいたいところだ。

『前は、進むべき道は、未来は、どこにあるのか?


振り返れば過去という、罪の足跡がある。



両親のせいで立ち止まったり、


廓念会のせいで曲がりくねったり、


叡執のせいでギザギザだったりしている。』







「蜜穿のおかげだ。礼を言う。」


「いちいち、堅苦しいやっちゃ。」



ただ、話す雰囲気には堅苦しさは全くないので、蜜穿は半笑いだ。







『二度と戻れないけれど、


戻りたくもないけれど、



そんな過去と共に生きていく。


模索しながら生きていく。』







「じゃ、俺は仕事に戻る。」


「ん、気ぃ付けてな。」



ヤク絡みの貸別荘にでも向かうのだろうか。


自身を気遣う蜜穿の言葉が嬉しいのか、気合いの入った背中に見える。







『殊犂という選択肢を選んで枝分かれしたとしても、


それが正しかったなんて誰にも分からない。



暗中模索に模範解答など存在しないのだから。


それを決めるのは自分しかいないのだから。』





「クラッカーがクラッキングされたんじゃ、ほんま形無しやでな。」



殊犂を見送る蜜穿はそう言って、幸せそうに笑った。