「一件落着めでたしめでたし、で終わらんのかいっ。」

「黄縁叡執の自宅、魅園、それから警視庁と厚労省に要請して、鏨畏建設と廓念会本部にもガサかけました。」



叡執の逮捕から数日。


手術も成功し現在経過観察中の殊犂へ、掎蹟は報告に来ていた。



「黄縁叡執の様子は?」


「なんやかんや喚いてます。けど、証拠も物証もありますさかい検察側も問題ない言うてましたわ。」



「そうか、ならいい。」



あの男が、蜜穿を縛るモノが無くなったのなら。



「けど藹革さんから電話もろた時は、ほんまビックリしました。内容が内容やったですし。」



「……機動隊を連れてきた判断は正しかった。」


「ほんまですか…!」



珍しく誉められたと掎蹟は笑うが、殊犂にとって論点をずらしたかっただけなので珍しくの部分はスルーしておく。




妃翠を出た後、当ても無く探していた殊犂が蜜穿を見つけ出せた訳は。


涓畤壟から連絡を受け、叡執の携帯のGPSをハッキングした柿蒲のおかげ。




トバシ携帯で無く特定も容易に出来たが、殊犂だけでは不安だった為鰍掩達も向かった。



しかし鉢合わせを避けたかったので、銃声で駆け付けた掎蹟や機動隊に気付かれないよう離れたのだ。

「けどほんま、あの子様々ですわ。証拠のデータを保存してたクラウドはオリジナルやゆうてましたし、あの子の頭ん中どうなってんのでしょうね。」



クラウドに名前は無く、蜜穿が作った架空のサイト。


その存在は叡執も知らなく、裏事情を蜜穿がコツコツと記録したものだ。



「辿り着き方は、あの子本人か、藹革さんからだけやし。パスワードやって、俺にはさっぱりですわ。」



殊犂の家を出る前に、殊犂の携帯のアドレス帳へ『みつばち』の名でクラウドのURLを登録した。



誰宛でもなかったクラウドに宛先が出来たから。



いつか殊犂が見つけてくれることを願って。


殊犂にしか分からない符丁付きで。



「『単純なお巡りさん、あんたのお名前は?』だったな。多分俺のことだろう。」


「さすがですね。何で分かったんです?あの子も藹革さんにしか分からん言うてましたし。」



「……飴魏蜜穿がお巡りさんと呼ぶのは俺だけだ。これくらい分かるようになれ。」


「はい!精進します!」



掎蹟は尊敬の眼差しを向ける。


しかし実際に蜜穿から単純と言われたことを知られたく無かった為、殊犂は呼び方の方にして誤魔化した。

コンコンコン…―――



「はい。」



掎蹟が帰って少しした頃、病室のドアがノックされた。



「なんや、えらい快適そうやな。」


「飴魏蜜穿…!」



少し開いたドアからは、柱に寄りかかるようにした背しか見えないが、声から蜜穿だと分かる。



仕事以外のことを上司としてのプライドが邪魔をし掎蹟に聞くに聞けなかったので、どうしたものかと思っていたが。


まさか本人が来るとは思わなかった。



「貴様、体調は良いのか?もう大丈夫なのか?」


「……今のあんたに言われたないわ。」



入院中の人間から言われる言葉ではないので、呆れる蜜穿の反応は当然だ。



「別に見舞いに来た訳やないよ。それにしてもうちのデータ、結構役に立ったみたいやな。」


「ああ。だが、あのパスワードはなんだ?俺は分かったが、他には解りづらいだろ。」



「パスワードゆうんはそういうもんやろ。」


「それはそうだが…」



殊犂は文句を言うが、蜜穿も分からないようにと必死に考えた結果だ。


殊犂にしか、分かって欲しく無かったから。



荊蜻のような人間が他に居ないとも言い切れなかったから、余計大変に悩んだ。

「お巡りさん、あんたは分かったんやろ。あんたが解けたんならええ。」



偽りの逃避行をしたって、見付け出してくれたから。


解読して、叡執から助けに来てくれたから。



殊犂なら解けるって信じていたから。



「アホなお巡りさんは、まだうちのこと信じてくれたちゅーわけやな。」


「アホは余計だ。」



USBとは違いモールス信号のように自分宛だったことが嬉しかった。


否定がアホだけになったのも致し方ない。



「ほんでまた、あんたの部下は上手いこと使おたようやしな。」


「ああ、データが細かく正確で使いやすかったと言っていた。」



廓念会は事実上解散、裏にいた政治家までも追い込めたのは。



ずっと待ってたからかもしれない。




このデータを使える人物を。


正しく使ってくれる人物を。



迎えに来て欲しかった殊犂を。



「………それと。キス、ごめんやで。あん時はそれしか思いつかんかったんや。」


「……いや、そんなことは構わない。それより今どこに住んでるんだ?無いなら俺の家使え。」



「彼女に悪いわー」


「…バカにしているのか?居ないことは分かってるだろう。」

彼女がいたなら、蜜穿を保護するのに家は使わないし、涓畤壟にからかわれることもないのだ。


好きとだって思わない。



「鍵はここにある。悪いが取りに来てくれ。」



渡したいのは山々だが、絶対安静だと医者に念をおされている。


ベッドからドアまでの距離すらキツイのも確かだから尚更。



それに、はぐらかされたが、体調は気になっていた。


ここは病院なのだから、説明すれば治療してもらえる。



病室にも入らず、ずっと背を向けているので、顔色を確認しようにも出来ないでいた。



「幸せかどうかは分からんけど、不幸と思ったこともあれへんさかい。」


「は?」



誰も知らない、誰も分からない。


自分すら知ること無く、分からないのだから。



「けど、自分がならな、人を幸せに出来んな。幸せちゅーんがどうゆーもんか分からんと伝えられん。」



幸福の二乗は、理解してこそ。



「貴様、一体なんのことを…」



突然蜜穿が言ったことの意味が分からない。



「鍵はええ。もう帰るし、お大事にな。」


「お、おい……っ!」



閉まるドアに追い掛けようとしたが、阻んだのは鈍い痛みだった。

「つーちゃん!超能力者はおると思う?」


「UFOの次は超能力?」



ワクワクした様子で剣に聞く涓畤壟。


またもや深夜番組の影響らしい。



「未解決事件の透視やっとってん。コネクティングちゅー残留思念を読み取とんねんけど、それが当たる当たる!めっちゃ凄かったんやで!」


「超能力ゆうより陰陽師……霊媒師みたいやね。」



「ほんで事件は解決したん?」


「んにゃ、引き続き捜査してくって終わったわ。」



超能力で解決出来たならそんな良いことはないが。


世の中そんなに甘くないようだ。



「UFOで思い出したけど、この間中学生相手にソーラーバルーン飛ばして実験しとったら、それ見た小学生がUFOやゆうて騒ぎになって大変やったて、きゅーさんが言っとったわ。」



「あ~、確かにあれは間違えるかもしれへんな。」


「お誂え向きにビニール袋が黒色やったんよ。でも誤解解けた後は皆で実験して、大勢で楽しかったゆうてたね。」



屋外だと迫力が増し結構好評だった。



「さて、そろそろかしゅーさんの用意しとこかな。」



来る気配はないのに準備に取り掛かる剣を、涓畤壟は不思議そうに見た。

「全く俺の祈りは届かんな。」


「こっちには配慮してくれたさかい、大目に見なな。」



話ながら入ってきたのは鰍掩と楮筬だった。



「つーちゃん、すごいやん!超能力者や!」


「ただの超直感…、第六感やよ。」



ESPの如く言い当てた剣に、憧れの眼差しを涓畤壟は向ける。



「なんや、けんしろー。おもろい顔が更におもろなっとるで。」


「ほんま?こーぞーさんにおもろいなんて誉め言葉やわ~………ってなんでやねん!全然誉め言葉ちゃうやんけ!」



「下手なノリツッコミは見苦しいからやめとけ。」



からかう楮筬に乗る涓畤壟へ、鰍掩は冷静に突っ込んだ。



「飴魏蜜穿っ!」


「ことりちゃん!」



毎度お馴染み、とそろそろ飽きられそうな殊犂が登場した。



「会いたかったでー!」


「俺は貴様などには会いたくもない。」



「怪我、もう大丈夫なんです?」


「外出許可を貰えるまでにはな。……飴魏蜜穿は居ないのか?」



店内を見回すが、蜜穿の姿は見当たらない。



「風邪気味で帰らせた後から来てへんよ。もう数ヶ月は姿見とらんね。」



あれから殊犂以外、会ってないようだ。

「蜜穿やったら、お前の部下と警察へデートやろ?クラウドの説明しに。」


「ほんで今までの責任を取るって言うたらしいやないか。まあ、蜜穿自身に対しての証拠は無いさかい、結局不起訴にしたんやろ?」



「…………どこからの情報だ。」



鰍掩と楮筬が言ったことは警察関係者しか知らない。


殊犂ですら掎蹟から聞いたのだから。



「俺に聞くんは間違いやないんか?」


「……どういう意味だ。」



「ほー、覚えとらんとぬかすか。」


「兄貴ー殺気なおしてー」



鰍掩が恐ろしく涓畤壟は小声で言うが、睨み合いは続く。



「黄縁叡執は蜜穿にえらい執着しとったやろ。サツに追い詰められたら逆上してたちまち見境がのーなるわ。現にチャカ持っとったし。蜜穿を軟禁するような奴、放っとかれへんやろ?」



楮筬は最もらしく言うが、実際には殊犂から失望されたのが気にくわなかっただけ。


ただ蜜穿が心配だったのは本当で、殊犂よりも先に見付け恩を売りたかったのも本音である。



「不起訴やったら警察におらんでええやし、ここには来とらんし。どこに行ったんやろか?」



勾留も身元引受人も居ない蜜穿の行く先は……?

「施設……は、サツがガサ入ったんやな。」


「その後、子供達のことを考慮して、既に他の経営者に任せた。」



楮筬が目を光らせていた、魅園という名の隠れ蓑はもう無い。



「昔の家はどーなん?」


「今はショッピングモールだ。」



涓畤壟の帰巣本能よろしく想像した蜜穿が両親と住んでいた家付近は、現在開発が進んでいてかなり様変わりしている。



「せやったら廃工場やろ。」


「他の業者が買い取って、取り壊し中だ。」



行くとなればそこしかないと鰍掩は思ったが、取り壊しなら雨風さえ凌げない。

思い当たる節を皆で言い合いハニカムを構築するが、すぐさまどれも違うことが判明し、崩れ去った。



何故ならハニービーでの捜査時に、荊蜻が廓念会関連以外の蜜穿の身辺を一通り調べた為だ。



「バイトの仲間のところってゆうんはないん?」


「日雇いやスポットやゆうてたから、遊んでも家ゆーんは厳しいんちゃう?」



碑鉈の考えも、剣は無さそうだと思う。



魅園でも、昔の家でも、


廃工場でも、バイト仲間でもない。



殊犂の頭の中で鳴る警鐘が示唆したのは、蜜穿の性格上考えられる最悪の状況。

セルフハンディキャッピングの如く、阻んだ痛みに二度としまいと誓った後悔はどこへ行ったのか。


蜜穿の言葉には、何か深い意味が含まれていたのではないか。



殊犂と一緒にいたら、また悪夢を見なければならなくなるかもしれないから?


あの時のように、守られた正夢を演じたのか?



そこかしこに散らばった伏線を、ひとつひとつ繋ぎ合わせていく。



「くそっ……!」



覚えがあり過ぎる、お馴染みの既視感に染まった。



「ことりちゃん!?」



何かしらの場所に行き当たったのだろう。


突然駆け出した殊犂を涓畤壟は追い掛けることも出来ず、驚き声を出すだけに終わる。



「はぁはぁ……はぁ…、いな、い……?」



殊犂が全力疾走で駆け付けたのは、自身が怪我をするはめになった栲袴のいた旧施設。


あれからも手付かずの旧施設には人気がなかった。



栲袴からとはいえ、あの時蜜穿は自ら死のうとしていた。


本来ならここで死ぬはずだったのだから、死に場所に選ぶならここしかないと思った。



ここ以外に考えられる所は無いのに。



「何故いない………」



その時、殊犂の携帯が着信を知らせた。

「おう、かっきー、今電話しよう思おてたんや。」


「うちはあんたに用は無いんやけど。」



殊犂が飛び出した後、柿蒲が顔を出した。



「俺やないわ!蜜穿んことで」


「蜜穿様ならここにおるけど?」


「え?」



不思議そうに言う柿蒲の後ろには、紛れもなく蜜穿がいた。



「うちもあんたに用は無いわ。ひなさん、コーヒー1つ。」


「え…、ぁ、はい。」



何事も無くいつものようにコーヒーを注文する蜜穿に、碑鉈は思わず返事をした。



「ど、どないしよ…」



「ことりは勝手に出て行ったんや、放っとけばええ。」


「そや。本人ここにおるんやさかい、じきに戻ってくるやろ。」



まるで自分のことのように頭を抱え狼狽える涓畤壟に、鰍掩と楮筬は冷静に言った。



「電話番号知っとんのやろ。連絡したらええんとちゃうの?」


「それや!!」



「な、なん?意味分からんわ。」



剣の提案に涓畤壟は大きな声が出てしまい、柿蒲に睨まれた。



「ごちそうさま。」



「え?蜜穿もう帰るんか?バ、バイトか?」


「ちゃうけど。コーヒー飲み終わったんに、長居する理由ないわ。迷惑やろ。」

「そ、そりゃそうやけど……」



確かに長居は迷惑だが、涓畤壟にとって今はそれどころではない。


最も、蜜穿の長居なら剣も碑鉈も文句など言わないが。



「やったら、そこどき。出られへん。」


「ち、ちょ待ち!コーヒーもう1杯どうや?俺奢るで!」



「は?別にいらんし。ちゅーか、さっきから何なん?」



すぐ戻る。


涓畤壟から連絡をもらった殊犂は、それだけ言って切った。



同情した訳ではないが、不器用な殊犂と鈍感な蜜穿には自分がキューピッドにならなければ!


とか何とかかんとか、涓畤壟は2人に対して変な使命感を持ってしまっていた。



「そういや、体調はどうなんや?」



鰍掩は助け船を出した。


何を話したか知らないが涓畤壟が必死に引き留めているので、殊犂は戻ってくるのだろうから。



自身も気になっていたこと、時間稼ぎにはもってこいだ。



「ん?ああ……、なんや聞いとらんのか?」


「誰からや?お前のことは何も聞いとらんで?」



叡執や廓念会については警察から聞き出したが、蜜穿自身のことは警察から聞くことではないし話題にもならなかった。


従って、何も知らない。

「うちのこと以外は知っとる口振りやな。………病院で肺炎の治療しとったんや。」


「治療やと?」



「金無いからええゆうたんやけど、捜査協力ちゅーことでの特別謝礼やゆうてきかんさかい、有り難く通院させてもろうたわ。」



あれから放置していた為、思った以上に症状が悪くなっていた。


加えて、叡執からの長年の暴力で出来た痣や傷もついでに治療することとなったのだ。



クラウドの説明中、時折咳き込む蜜穿を見ていられなかった掎蹟の考えによるもの。


逮捕すれば医療刑務所などがあるが蜜穿の場合それが出来なかったので、便宜上の名目として謝礼になった訳だ。



「入院やのーて通院?家はどないした?」


「病院に近い警察署の仮眠室使こおてええゆうから、そこで寝泊まりしとった。新しいとこは、今探し中や。」



肺炎は薬で完治し、痣や傷はほとんど目立たないまでになっている。


仮眠室をいつまでも使ってられないと、しかし、ちゃんと治ってから探し始めた。



「けど、病院ゆうても、お巡りさんと同じとこやで。お巡りさんは安静にせなあかんって聞いたから1度顔出した程度やけど。」



蜜穿なりに気を使ったらしい。

「……もおええか?納得したやろ。うちは帰んで。」


「ちょ、ちょっと待ち!」



「何や?まだ何かあるんか?」


不自然に引き止めたがる涓畤壟を、不思議そうに見る。



「飴魏蜜穿!!」



「ことりちゃん!間に合うた!」


その時、殊犂が息を切らし駆け込んできた。



「お巡りさん、どないした?そない急いで」


「良かった………」



殊犂は蜜穿を抱き締めた。



人目があるとか、特に鰍掩達がいるとか、そんなものは関係なくて。



ただ、生きていてくれたことが嬉しくて。



「お巡りさん……、理由も無くいきなり抱き締められても、うちどないしたらええんや?」


「え……?ぁ、す、すまない…」



鰍掩達も雰囲気的に口を挟まなかったのだが、蜜穿はかなり冷静だった。



「ちゅーか、間に合おうたって、うちを邪魔したんはお巡りさんが理由か?」


「いや~えーっとやな~、その~………はい、そうです。」



真っ直ぐ見つめられ、涓畤壟は思わず敬語になる。



「なんやねん。大体お巡りさん、あんた入院中やろ。」



急所ではないとはいえ銃で撃たれたのだから、自分より症状は重いはずだ。