「ウイルスって、病気に関することだけを指すんやないらしいで。」

「なー、かしゅー様。デートしよ?」


「いきなりなんや。」


「ここ来る途中でな、学生カップル見てん。うちもかしゅー様とあんなんしたいなー思おて。相合い傘とか二人乗りとか制服デートとか。」



柿蒲の思い描くデートは少女漫画みたいである。



「単純やなー。雨は降りそうやけど、二人乗りは犯罪やし、お前の制服はコスプレにしかならん!」


「こーぞーさん強運やし、ホールインワンでも出しとるとええな。」


律儀に突っ込む涓畤壟とは違い、サラリと別の話題へと移る鰍掩。


楮筬は組員とゴルフなのだが生憎の空模様だ。



「けど、制服デートええよね。うちらもそんなんしたかったわー」


「それどころやなかったもんなぁ。漫画もアニメもバラエティーも、映るもん全て現実の僕達と違いすぎてアホらしーて。」



「いつまでもガキんまんまでおられへん。あんたらは、それがあん時やっただけや。」


「そーですね。」


「そーゆーことにしときますわ。」



剣と碑鉈夫妻は幼なじみ。


両方の親が残した多額の借金を全額返済し店まで持てるようになったのは、借金を肩代わりしてくれた絆栄商事と鰍掩の尽力あってのことだ。

幸せがあるから不幸なんだと感じる。
不幸があったから幸せを感じられる。



そのどちらかだけでは駄目なんだと、笑ったり泣いたり、両方あるから人生なんだと、教えてもらった。



そして、辛い過去に思いを馳せるのは止めて、現実の今を見つめ、優しい未来を夢見ようと思えた。



だから、法律違反のことをしていようと、絆栄商事や鰍掩は恩人。

それだけは変わることがない。



「ひなさん、コーヒー1つ。」


「あ、蜜穿ちゃん。かしこまりましたー」



蜜穿が大阪に来て早数ヵ月。


一向に馴染もうとしない蜜穿へ、剣と碑鉈はせめてあだ名で呼んで欲しいとお願いした。


あっさり呼んでくれたのはいいが、距離感はまだ遠い。



「蜜穿様、今日はどこにおったんですか?最近、テレビや雑誌がハニービーがえらい活動的やってやってましたけど。」


「そうそう。雑誌には、なんやでかでか書いとったで。ほら、これ。」



涓畤壟が広げた雑誌には、


『天才ハッカー ハニービー!!巨大な荒嵐の如く、四方八方から電撃を放ち悪徳企業を壊滅に追い込む!』


と、大きな見出しが。



しかし。



「それ、うちやないから。」

「いやいや、でも、雑誌にも……テレビかて…」


「兄ちゃん、前にもゆうたやろ。根拠も無い言葉に惑わされて右往左往せーへんことや。気付いた時にはもう遅い。気付かんままやったら、なんもかんもに疑心暗鬼になってしもーて、感情の渦は底なしの闇へ堕ちていくで。」



騒ぐ涓畤壟に対して、呆れたように静かに諭すように蜜穿は言う。


一体何歳なのかと疑いたくなる重い言葉だが。



「えらい耳の痛い言葉で。」



「そういう奴を何人も見てきたからな。言葉だけはいっちょ前に出てくるわ。」



裏社会だけやないけど。



そんな言葉は、鰍掩達に届くことなく消える。



「まぁ、警察もマスコミや兄ちゃんと同じ考えやったみたいや。」


「警察?」


「あのお巡りさんが、あんたらだけやなくてうちも逮捕するゆうて、かなり意気込んでたらしいてな。名前がちゃう課まで届いて呼び出されたんや。」


「じゃ今まで警察に?それは大変やったね。はい、コーヒーとこれオマケや。」



出来立てのタマゴサンドを頂きながら思い出した。



殊犂とは違う目をした、サイバー犯罪対策課の捜査員―――牟齧荊蜻(ムカジ ケイセイ)のことを。

「どういうことだ、牟齧。飴魏蜜穿を聴取したそうだな。」


「サイバー犯罪の件についてだ。聴取しようが、生安課のお前に関係ないだろ。大体、飴魏蜜穿がハニービーだと言ったのはお前だろう。」



荊蜻へ蜜穿の件を食ってかかるが一蹴される。


確かに正当な捜査であるのだが、横取りされたようで納得がいかない。



「お前は隗赫鰍掩みたいな奴らを全員逮捕したいようだがな、世の中にはああゆうのも必要なんだよ。悪役が居ないと俺達善良な警察が裁けないだろ。」


「裁くのは裁判所だ。」



「だが、ヒーローは俺達なんだ。……降ってきやがったな。…なんにせよ、俺達が正義だ。」



荊蜻がいなくなった後、忌々しそうに窓の外を見る。


降る雨の如く、蝉時雨のように心の中はざわめいている。



「………チッ。」



荊蜻とは警察学校の同期だ。


東京では同じ所轄になったことはないが、合同捜査などで顔を合わせる度に言い合いになる。


基本的に性格からなにから合わないので、荊蜻が大阪へ異動になり安堵したのだが、まさか同じ所轄になるとは。



そして、ヤミ金にハッカーまで。


とんだ異動だと、殊犂はため息をついた。

「ごちそうさま。」


「お粗末様。もう行くんか?」


「ええーもっとおって下さいよ、蜜穿様。」



食べ終わったと思ったら立ち上がる蜜穿に、柿蒲は鰍掩に引っ付きながら残念そうな声をあげる。


鰍掩の嫌そうな態度はまるで無視して。



「バイトやから。」


「バイト?!なんの?」



涓畤壟は初耳だと驚く。



「短期とかスポット。今は生保受けなならんような身体の状態ちゃうしな。」



「ハッキングで稼いでるんちゃうの?」


「クラッキングや!あれは仕事やないから。」



てっきりハッキング……蜜穿曰くクラッキングなのだが、それ関係で稼いでるのだと思っていた。


蜜穿のクラッキング行為で莫大な金が動くのだから。



「バイトしようがええけど、警察どうにかせーよ。ことり一人でも鬱陶しんに増えたら面倒や。」



「ご心配なく。あんなんどーにでもなるわ。基本がなってないもんは応用もきかん。ファンタジーでも、高貴な皇帝が作り出す派手な死闘より、冷酷な賢者が静かに練った戦略の方が勝つ。ハニービーに肝心なんは、完璧なパフォーマンスや。」



水面下で既に何かしているらしく、抜かりないと笑った。

『ついに堕ちたか 天才ハッカー ハニービー!!乱れ射つかの如く、幾つもの善良なホームページを攻撃!』



「兄貴、これ、どー思います?」



涓畤壟が見せた雑誌は、ついこの間まではハニービーを称えていたのに、ここ最近はこんな感じ。


ただ現実はその通りなのだが。



「どうもこうも、警察が騒がんのを祈るだけや。あっちの領域に手は出さん。かっきーも分かったな。」


「……分かってますよー」



蜜穿を助けたい気持ちは山々なのだが、足手まといどころか迷惑にすらなる己の力量。


鰍掩に言われる前から手を出さないと決めている。



「飴魏蜜穿っ!!」


「ことりちゃん、ええかげん兄貴のことは………って蜜穿?」


「蜜穿様ならおらんしー」



「………チッ。邪魔した。」



勢いよく開けた扉を勢いよく閉め、殊犂はいなくなった。



「何なんあれ?ことりっち、何しに来たん?」


「さあ?蜜穿のことは、ことりちゃんやないんやけどな。」


柿蒲も涓畤壟も、管轄違いの殊犂が蜜穿を探す理由が分からない。



「ええから放っておけ。」



鰍掩は蜜穿の笑みを思い出し、面倒な事になりそうだと思った。

「あんたがハニービー?偽物の。」


「ということは、本物さんか。」



蜜穿は、とある寂れた建物にいた。


1人の少女―――射唐栲袴(サトウ タエコ)と対峙して。



「まさか呼び出されるとは思ってなかった。しかもあんな方法で。」



栲袴が驚くのも無理はない。


蜜穿が取った方法は、偽ハニービーの描いたコマンドへ暗号化したものを紛れ込ませてここへと呼び出した。



「目には目を歯には歯を、みたいな。なんの目的や分からんかったからな。それ聞こう思おて。」


「目的……ね。」



ハニービーを名乗る輩は、名を借りて便乗したかったり誇示したかったりする。


そのどれもすぐに偽物とマスコミでも見破れる程度だが、栲袴は巧妙で、偽物だという判断が蜜穿本人しか出来なかった。



成り済ます意味が分からず、直接聞こうと蜜穿は考えたのだ。



「貴女、会社とか金持ちから奪ったお金を養護施設へ寄付という形で横流ししてるみたいね。」


「そうやけど、それがなんや。」



「私の施設もその恩恵を受けててね。施設の人達が有難いって喜んでたわ。」


「それはなによりやな。」



当の蜜穿は興味なさげだ。

「なんでそんなことするわけ?」


「特に理由なんてないけど。」



私腹を肥やす為でも感謝される為でもない。


ただ、悪人が贅沢するよりはいいと思っただけだ。



「理由がない……?ふざけないで!恵んでくれって誰が言った!施設だからって、憐れまれたって惨めなだけなの!」



栲袴は叫ぶ。


自分が下にみられているようで、蔑まれているようで。



「まぁいいわ。言い訳なんていらない。二度と視界に入らないように消えて欲しいの。」



言葉でなく態度で示せと、そういっているように栲袴の手には鈍く光るモノが。



「なるほど。うちはまんまと、あんたの罠に嵌まったちゅーわけか。」


「義賊とか天才とか良い風に言われてるみたいだけど、私は大嫌いなのよ。」



かなりの恨みなのだろう、迷い無く真っ直ぐに凶器は向けられる。



「眩しいなぁ。眩しいて眩しいて、見えへんぐらいどす黒い闇や。無理矢理生きたいとは思おとらんからええけど。」



死ぬんはええねんけど。



カン…カランッ……―――



「っ!!」



蜜穿は言いながら、栲袴の手からナイフを払い落とし、自ら己の首元へとその刃先を向けた。

「何の真似…?」


「別に、恵んどるつもりも憐れんどるつもりもなかったんやけど。命を差し出すぐらいの覚悟はあるさかいにな。」



寄付は廓念会の指示ではなく、蜜穿の個人的な行為だ。



組織の人間からは、影響が無い企業の為咎められてはいないし、寧ろ裏社会での価値が上がると好意的な評価。


始めたのは、アイツ等なんかに使われるよりはと思ったからだ。



「あんたみたいな人に犯罪は似合わん。やから、うちごと闇に葬ればええ。」



犯人を逮捕も公表も出来ない真実ならば憎しみの光で塗り固めて偽物の闇で覆い隠して。


醜い秘密を鈍い痛みで封じて原因の自分ごと存在を消し去って。


燃え盛る復讐の矛先を無くしてしまえばいい。



「今回はこっちの都合もあったからな。あんたのやった事は罪には問われへんよーにしとるさかい。」



「それどういう意味…?」



「あやつのドラマチックな妄想でも、あんたが語ったバッドエンドでも、うちがやろうとしとるリセットでもあれへん。明るみになるんは、最低な奴が最低な事をしたという事実だけや。」



見るだけの夢に喰われんようにな。



蜜穿は頸動脈へと凶器を動かした。

「!!…誰?」


「お巡りさん……」



凶器が頸動脈に触れることはなかった。


何故なら殊犂が刃ごと握り寸前で阻止したからだ。



「何があったかは知らないが、こんなことはするな。」



咄嗟の行動だったようで、息を切らす殊犂の利き手は滴り落ちるほど真っ赤に染まっている。



「人間も貴様達が使う機械も同じだ。無理矢理歯車を動かしたら壊れる。色々あっても頑張って強がらなくていい。立ち止まっても逃げたって構わない。それでいつか前に進んでくれたらいい。死を選ぶぐらいならそうして欲しい。警察官としても俺自身としても、そう思う。」



無理するより戻して直して続きを探して。


そして前に進めても忘れてはいけない、それがあったから今がある事を。



「………………。」



殊犂の言葉に、栲袴は涙を流していた。



大人の言うことは綺麗過ぎて怖く信じられずに、いつの間にか涙を忘れた。


だけど子供の様に泣きじゃくっても良いんだと、栲袴は背中を押された気分だった。



蜜穿の見る目の前のそれは、悲しみに染まった冷たい涙ではなく、愛しさに包まれた温かい涙。


無機質で無色透明なんかじゃなかった。

「藹革!」


「……牟齧、貴様はタイミング良く現れるんだな。」



栲袴がひとしきり泣き終わって落ち着きを取り戻した時、見計らったように荊蜻が現れた。



「お前が先々行くからだろ。見失っただけだ。射唐栲袴だな、不正アクセス禁止法違反で逮捕する。」



荊蜻が栲袴を連行して行った。



「あんた、なんでおったんや?うちらのことはあやつの担当やろ。」


「射唐栲袴はな。貴様と隗赫鰍掩の逮捕は俺が担当する。」



「…さよか。」



殊犂と蜜穿の2人は、応援で来た警ら担当のパトカーで病院へと向かっていた。


帰ってもいいと言われたのだが、病院に用があるなどとなんとも嘘くさい理由を付けて、蜜穿は殊犂に同行している。



「それにしてもよう分かったな、うちらがあそこにおること。」


「ハニービーは海外サーバー経由ではないから痕跡が見つからず常に特定不能な状態だと、サイバー犯罪対策課が嘆いていた。」



「うちはオリジナルのコマンド使おとるからな。他が海外サーバー使うんは、外国の為に捜査協力が得られんさかい管理者を特定出来ひんようにしたり、複数経由で追跡に時間かけさせたりするんが目的やからな。」

「しかし今回は海外サーバー経由で時間はかかったものの、初めてIPアドレスに辿り着いた。そこが射唐栲袴の施設で、行ったら移転後だと聞いてな。本人もおらず、なんだか胸騒ぎもしたからな。」



「なるほど。リソースはあやつか。ちゅーか、あんたにも刑事の勘ゆーやつがあったんやな。」



蜜穿が栲袴を呼び出した寂れた建物は、栲袴の施設の移転前の建物。


移転後、そこを買い取った業者が取り壊し途中で倒産してしまい、施設も住めないのでそのままになっていた。



誰のも邪魔も入らないだろうと、蜜穿は選んだのだ。



「大きなお世話だ。…それに、解析の結果、詳細は掴めなかったが貴様が何か企んでいるのは見てとれたからな。案の定、居やがった。」



ソフトウェアを書き換えるなどという、栲袴より上の技術を持つ者はそういない。


蜜穿だと直感し、殊犂は妃翠までわざわざ探しに来たようだ。



「(居やがったって、うちは害虫か…)」



応急措置を断った為、タオルでグルグル巻きにしただけの殊犂の利き手を蜜穿は横目で見る。


忌々しそうに窓の外を見ながらも話してくれる殊犂とは目が合わないので、病院に着くまでそうしていた。

「まだ居たのか、飴魏蜜穿。」



殊犂は治療を終えて帰ろうとすると、何故か蜜穿が待合のソファーに座っていた。



「警察官のくせになぁーんも考えんとナイフ握る、アホなお巡りさんを見物に。」


「………用とやらがまだ済んでいないなら早くしろ。」



悪態を付く蜜穿にイラつきながらも、殊犂は先を促す。



「これ。」


「USB?」



蜜穿が差し出したのは、黄色いUSBメモリー。



「あの子が構築したプログラムを解析するもんや。うちが介入したから全部は解析出来てへんと思うで。」



「だったらこれは俺が貰っていく。お前には必要のないものだ。」


「…オイ、牟齧!」



蜜穿からUSBを受け取ろうとした瞬間、荊蜻が漁夫の利の如く意気揚々と奪っていった。



「あいつ、一体いつからいたんだ?」


「さあな。まあええわ、どのみちあやつに渡るもんやろ。」



「それはそうだが……」



また横取りされたようで、気分が悪い。



「あやつは、ほんま分かりやすい奴っちゃなー。あんたとは大違いや。」


「どういう意味だ?」



意味は分からないが、口調から馬鹿にされているような気がした。

「あんたの行動が想定外やゆーとんねん。」


「あ?犯罪者を逮捕することの何が想定外なんだ。警察官として当たり前のことだろう。」



課が違うのはこの際置いておいて、確かに殊犂の言う通りである。



「じゃ、うちを逮捕出来んようになるさかいに、そないな暴挙に出たんか?」


「暴挙というほどでもないだろう。……これは…単に手が出ただけだ。」



あの時の行動も言葉にしても、己の信念に従っただけ。


そこに蜜穿に対しての深い意味など特に無かったはずだと、殊犂は心の中で言い訳をする。



「ほんまに、あんたは単純やな。」


「なんだと?!飴魏蜜穿!大体貴様、さっきから失礼なことばかり」



「ありがとう。」


「!」



悪態を付き続ける蜜穿に文句のひとつでも言おうとしたのに、突然お礼を言われ殊犂は戸惑う。



「あないな風に助けてもろーたことなかったさかい。ありがとうな、お巡りさん。」



利害関係だけの裏社会において、純粋に守られることなどない。


だから蜜穿は嬉しかった。



「じゃあ、うち帰るわ。」



そう言うと蜜穿は帰路に着いた。


呆然としたままの殊犂を置き去りにして。

「この間ね、ドラマで誘拐の話やっとったんよ。」


「唐突にどうしたん?」



なんの脈絡もなく碑鉈が口にした話題に、柿蒲は驚く。



「ずっと考えとったの。誘拐って身代金を要求されるやろ。そのドラマ、犯人が身代金の値段を決めろゆーて。決めたら決めたでその程度かやて犯人怒ったんよ。でも今、ええ答え思いついたんよ。『0円です。命に値段なんてつけられへん。お金になんて代えられへん。』ゆーて。」



「よう考えるな、ひなちゃんは。」



またしても涓畤壟は感心するが、えげつない思考に変わりはない。



「0円………つまり無料はタダやないゆーことやな。」



「さすが、かしゅーさん。うちの心、完璧に読んどるわ!」



「分かってもらえて良かったな、ひな。」



感心するだけでなく理解する鰍掩に碑鉈は喜び、それを見る剣も嬉しそうだ。



「飴魏蜜穿!!」


「こ、ことりちゃん……どないした?そない大声出して。」



涓畤壟がからかうことを忘れるぐらい、壊れそうなほどの強い勢いで扉を開けた殊犂。



「蜜穿やったらあっちや。」



面倒が当たったと内心思いながらも、鰍掩は後ろにいる蜜穿を指した。

「このUSB、どういうつもりなんだ?」



殊犂が見せたUSBは黄色く、病院で荊蜻が奪っていったものに間違いない。



「そのUSBがどないしたん?」


「どうしたもこうしたもあるか!USBを開いた瞬間」


「偽ハニービーである射唐栲袴の痕跡は消え、代わりにあやつの悪事がお目見え、やろ。」



「あやつ?」


「うちを呼び出した、サイバー犯罪対策課の牟齧荊蜻や。あやつ、課の設備利用して、企業にちょっかいかけとってな。それが運悪く、廓念会と繋がりがあったんや。」



栲袴に言った、こっちの都合とはこの事である。



「秩序を守る。それが正しいルール、それ以外は悪や、なんてゆうとる正義感の塊みたいな性格らしいけど。ほんまはちゃうやろ?表には悪事が白日の下に晒され、裏からは存在を抹殺される。スタンドプレーヤーにはお似合いの結末ちゃうか。」



本当は、栲袴に会いに行く前に、時間になると栲袴の痕跡を跡形も無く消し去り、代わりに荊蜻の悪事を流出させるプログラムを組んでいたのだが。


殊犂が来るという誤算が生じた為、治療している間にUSBへと変更したのだ。



横取り好きな荊蜻に渡ることを考慮して。

「ということは、俺に言ったUSBの効果は嘘ということだな。」


「まあ、そうなるわな。」



理由はフェイク、組織の描いた作戦を成功させる為の大芝居だ。



「不正アクセス禁止法は未遂は対象外や。それに、そもそもの証拠がないさかいに逮捕は出来ん。」



USBを開いたら警察の回線へと自動的に繋がるようにもプログラムされていた。


だからサイバー犯罪対策課が栲袴へ辿り着いた時の履歴も削除され、偽ハニービーが存在したことすら無かったことになる。



「完全犯罪なんて存在せーへんのは計画する人間が完璧やないからや。それでもうちみたいに完全犯罪が成立してしまうんは、それを捜査するあんたら警察官も人間やからや。ゆーなれば、証拠のない不完全犯罪やな。」



偽物対本物、警察官対犯罪者



バトルシークエンスを征したのはどちらも後者の蜜穿。


何故ならば、魚雷のようなウイルスを人知れず水面下へばらまいていたのだから。



「あやつに残愧の念でもあればええんやけど。ないやろな……、あんたと違って。」



溜め息まじり、希望無さげに蜜穿が言った残愧の念とは、反省して心から恥ずかしく思う気持ちのことをいう。

「俺のことは関係ないが、残愧の念は貴様にも言えることだろう。俺に嘘を付いたんだからな。」



なんだか蜜穿に裏切られたような口振りだ。



「なんや、お巡りさん。逮捕しよう思おとるうちのこと信じたんかいな。アホやろ。」



「え?ことりちゃん、蜜穿に嘘付かれたん悲しかったんかいな。」



「そ、そんなことを思うか!貴様らと話すと疲れる。」



意外そうな涓畤壟に居心地が悪くなったのか、殊犂は仕事だと言って出ていった。



「お仕事で来はったんとちゃうの?」


「多分そーやと思うけど。」



突然の切り替えに碑鉈と柿蒲は不思議そう。



「ことりさん、図星みたいやったね。」


「変なんに好かれたもんや。」



剣と鰍掩は、殊犂の変化にピンときたらしい。



ただ鰍掩は、住む世界が違い過ぎると思った。



楮筬から聞く限りでは、同じ暴力団の括りとはいえ、悪い噂しか聞かない廓念会。


仲が悪いだけが原因ではなく、朽霊会と廓念会とは根本的な考え方が違うらしい。



重宝しているハニービーを廓念会の人間が手放すはずがない。



蜜穿を巡って抗争なんかが起きなければいいが、と鰍掩は祈った。