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詳しく調べたわけじゃないが、この音信不通の時期とマユが彼氏のいる時期とは符合するんじゃないかとボクは勘ぐっている。確信が持てないのは、聞いてもはぐらかされるからだ。え? そんなに会ってなかったっけ? 気にせいじゃね?
明らかにその話題を避けている節があるから、ボクはそれ以上深く突っ込むことができないでいる。
「どうって、何が?」
「何って怪我の状態」
「縫う必要はないって。血も止まりかけてたし。消毒して、塗り薬塗って、ガーゼ貼られて帰ってきただけ」
思ったより呆気なかったよ。
ボクに向けられたマユの苦笑の異変にボクが気づかないはずがない。似つかわしくない口角の上がり方。不自然。違和感。粟立つ気持ちを必死に抑えた。
「そか。大したことなくてよかった」
マユに合わせ、ボクも苦笑する。必死過ぎて、顔が引きつるくらいに。
「でしょ? 私もそう思う」
マユの目の前にボクは立った。背の高さはほとんど変わらない。目と目が合う。メイクされたマユの目は本当に綺麗だ。その目がボクから逸れた。負けず嫌いのマユが――だ。
「それだけ? 違うよね?」
目は口ほどに物を言う。その典型。
大したことないことはベラベラ話すのに、ボクが本当に聞きたいことをマユはいつも話さない。彼氏のこともそうだし、マユがボクのことをどう思っているのかだってそう。
「……他に何があった?」
ボクはマユに問いかける。マユの目から涙が落ちるのをボクは見逃さなかった。
マユの頭にそっと手を置いた。いつもなら嫌がるのに今は違う。うつむいて、必死に何かに耐えている。
「……残るかもって」
「残る?」
「傷がね……もしかしたら残っちゃうかもって」
マユの肌は本当にハリがある。余分な肉がついていないから、女の子特有の柔らか曲線は描いていないが、その分健康的な美しさが増長されている。
その肌に、10センチにわずかに満たないくらいの長さの傷が居座り続けるかもしれない。
ボクにとっても衝撃的な告白。
冬の季節はともかく、夏場には日焼けよりも機能性を重視して半袖でいることの多いマユだが、それでは傷口が隠せない。女の子にとってそれがどれほど辛いことか。
気づけばマユを抱きしめていた。
「大丈夫……」
普段なら笑いながら逃げ出すマユが、抱きしめられるがままにしている。
「何が大丈夫なのさ?」
耳元でマユのささやく声がくすぐったい。
「もし……もしだけど、マユが売れ残ったらボクが貰ってあげるから」
「バカにしてる?」
マユがボクを見上げてくる。泣いて、でも笑っている。未だかつて見たことないくらいに今のマユの顔は美しい。そう思った。
「売れ残ったりしないから。サッサとツバをつけておかないと誰かのものになっちゃうよ」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
どけだけマユがボクの知らないところで恋愛していても、最終的にはボクのところに戻ってくると――特に根拠はないが――そう思っていたから、今までは静観することができていた。
でも、これからは違う。ボクたちは成人した。法律上は親の許可なく自分の意思だけで結婚だってできてしまう。
大学も順調にいけば来年には卒業。大学を卒業したら――これまた就職活動の結果次第ではあるが――いよいよ社会人の仲間入りだ。
社会人になったらボクは家族を作りたかった。そして――ボクの思い浮かべる家族にマユは不可欠なのだ。
ボクはマユの顔に自分の顔を近づける。ボクの気持ちを察してくれたのか、マユが目を閉じるのが見えた。マユがボクの気持ちを受け入れてくれたことがとにかく嬉しかった。多少の照れを残しつつも、ボクもゆっくりと目を閉じた。
もう少し、もう少しでボクの唇がマユの唇に到達する。そんなタイミングで、ブシが動いたのが音と気配で分かった。
慌ててマユと体を離し、ブシの方を見れば、ブシは寝ぼけているのかまぶたを擦っていた。
「ブシコ、おはよう。眠れた?」
マユがブシの元へと移動して、視線を合わせるために膝をつく。
「マユたん殿……戻られたか?」
寝起きでまだ覚醒していないからか、呂律がうまく回っていない。でもそれが可愛かったりする。