「子供を渡せ……」

 男が言い放つ。ナイフの刃先が微かに揺れているのは興奮状態にあるからか、それとも自分のしでかしてしまったへの恐怖なのか。

 男の表情が先程のオドオドした表情とは明らかに違っていた。人を切りつけるという、ある一線を越した人間はかくも普段と表情が違うものか。

 それでも恐怖は感じなかった。視界の先には常にマユがいて、小刻みに肩を震わせているのが目に入っていたからだ。

「お前……」

 怒りで握った拳が震えていた。それに気づいたのかマユがボクの腕を握った。

「私は大丈夫だから」
「大丈夫なわけないだろ!!」

 刃物で手を切られたのだ。何が大丈夫だと言うのか。