1「新天地」



 ——前略。

 お元気ですか? わたしは元気です。

 現在、星間船の客席から外を眺めながらメールを打っています。【地球《シンアース》】は青い星ですが、これから降り立つ星は緑の星、といった感じでとてもキレイです。

 わたしの新生活が、あそこで始まるんだと思うと、なんだかドキドキしてきちゃいました。

 まるでわたしの体がステキな出逢いを急かしているみたいです。

 まだまだ書きたいことはありますが、どうやらもうすぐ着陸のようです。落ち着いたらまたメールしますね。

 草々。

 森井 瞳《もりい ひとみ》——3023.4.11



   ***



「ほへ〜……」

 見上げても見上げ切れず、その全容は杳《よう》として知れないほど巨大な木々が立ち並ぶ森の入り口に、一人の少女がポケ〜っと立っていました。

 彼女の名前は森井瞳。焦げ茶の髪は寝癖なのか癖っ毛なのか、四方八方に暴れまわっていてまとまりがありません。クリクリとした目は輝いていて、ほわわんとした雰囲気をまとった女の子です。

 今日からこの森の先にある街でとある修行をするため、下宿先に向かうのですが、はてさて、どういう訳か約束の時間になっても案内してくれる人が現れません。

 何度も携帯端末で場所や時間を確認しますが、合っています。

「勝手に動いたらダメだよね」

 知らない惑星の知らない土地で下手に動き回るのは得策ではない。そう考えた瞳は大人しく集合場所で待ち続けることにしました。

 もしかしたら何か事情があって少し遅れているだけかもしれません。

 瞳はど真ん中から脇に移動して道を開け、パカパカガラガラと物資を搬入していく荷馬車を呆然と見送ります。

 しばしの沈黙の後、再起動した瞳は子供のようにはしゃぎ始めました。

「馬だ……本物初めて見たあ!」

 慌てて携帯端末を取り出して写真に収めようと構えますが、モタモタしているうちに馬はとっくに森の中。

 あう〜、と残念そうにションボリと落ち込んで携帯端末をしまいながら道の脇に戻ろうと視線を向けると、その先には信じられないものが佇んでいました。

「ふ、フクロウ……?」

 そう。フクロウです。しかもかなり大きいです。普通は肩に乗るくらいの大きさですが、ギリギリ腕を回して抱きかかえられるくらいのサイズ感。非常に抱き心地は良さそう。

 そのフクロウは道端の石垣にずんぐりむっくりといつの間にか佇立していました。

「うあ〜! フクロウフクロウ!」

 馬同様に画像でしか見たことがなくて、感動してしまった瞳は興奮を隠しきれずにパシャリパシャリ。

 結構うっとおしく全方位から写真を撮ります。これでもか! と撮りまくります。

 それでもその大きなフクロウは身じろぎひとつしませんでした。心なしかポーズを決めているようにさえ感じてきました。

 満足したのか、ホッコリとした笑みを浮かべた瞳は携帯端末をしまうと、ピクリともしないフクロウに味を占め、対面に立つとスケッチブックを荷物から取り出して鉛筆を走らせ始めます。

「動かないでくださいね〜……」

 夢にまで見た動物たちを描くまたとないチャンス。瞳の指先は絶え間なく動き、被写体となったフクロウに視線を移している間も鉛筆は白い紙を黒く塗りつぶし続けます。

 先ほど連写機能さえも駆使して撮影して、一気に写真フォルダはフクロウの写真で埋め尽くされたにも関わらず、上気した頬は収まる気配を微塵も感じさせません。恐らくこれは、彼女が満足するまで続くでしょう。

「ぅうぇへへへへ」

 へんにゃりと口元をだらしなく緩めた笑みを浮かべて、瞳は自分の世界に没頭します。はっきり言ってキモいです。

 しかしそんなのは瑣末な事とかなぐり捨てて、どんどん描き進めました。

 彼女が描く絵はお世辞にも上手いとは……言えるレベルです。だからと言って手放しで喜んではいられません。あくまで絵心はあって、特徴を捉えることはできている、というだけなのですから。

「んあっ!」

 なんとなく描くのを後回しにしていた瞳を見て驚きの声をあげます。フクロウの目のほうの瞳です。

 じぃ〜〜……っと覗き込みます。その際もフクロウは微動だにしません。

「——キレイ……宇宙が宿ってるみたい」

 瞳以上にクリクリとした瞳(ややこしい)の中には、星々の光を放つような幻想的な輝きを持っていました。こんなにも美しい瞳を見た事は未だかつてありません。

 宇宙広しと言えども、ここまで小さな宇宙が広がっているのはここだけでしょう。

「むむむ〜……」

 思わず唸ってしまいました。この美しさを鉛筆だけでどう描いて表現すればいいのかわからないのです。

 瞳が暮らしていた【地球《シンアース》】には、自らの手で絵を描くという文化はとっくに廃れてしまっています。彼女が絵心を持ち合わせているのは、ひとえに独学なりの努力を続けた結果に過ぎません。

 けれども、独学にも限界はあります。まさに今、その限界にぶち当たったのです。

 意識せず、瞳の指先は髪の毛をイジイジ。毛先が四方八方に暴れまわっている一因でもありました。子供の頃からの、考え事をするときの癖です。

「ねえフクロウさん。どうすればそのおめめ、再現できますかね?」

 もちろん返事など返ってはきません。それくらいはわかっていましたが、聞かずにはいられませんでした。

 その際にも、体の描き込みは進んでいきます。

 いよいよおめめを残して手が止まりかけたとき、森の入り口の方から女性の呼び声が飛んできました。

「もしかして……森井瞳さん?」
「ほへっ?」

 不意を打たれたように振り返ります。というか実際に不意を打たれてアホみたいな声が出てしまっていました。

 視線の先には、若葉色の制服に身を包み、やんわりと髪を編んだ物腰柔らかな女性が、これまたやんわりとした微笑みを浮かべて頬に手を当てています。

 名前を知っているという事は、下宿先の人でしょうか?

「よかった……店長が直々に迎えに行くって聞かないからお願いしたのに戻りが遅いから様子を見にきたんだけど……無事に合流できていたのね」

 女性は安心したようにほっと息をつきますが、瞳の頭上には「?」が浮かびます。合流〝できていた〟? はて、ここでこうして待っている間、誰にも会っていませんが、どういうことでしょう?

 瞳が首をかしげると、シンクロするようにフクロウもぐりん、とかしげました。かしげたというよりは、もはや回転しています。さすがフクロウ、首の可動域がハンパないです。

「私はセフィリア。よろしくね瞳ちゃん」
「は、あい! よろしくです〜!」

 ペコリと頭を下げてご挨拶。それにしても先ほどの言葉はどういうことでしょう?

「で、そこのフクロウがヌヌ店長よ」
「へ……?」

 店長ということはこれからお世話になる先のお偉いさんです。当然人間であるはずの店長が、まさかのフクロウだった?

「フクロウさんが、店長さんなんですか〜……?」

 理解が追いつかない瞳は右へ左へ振り子のように首をかしげ続けます。店長《フクロウ》のヌヌもマネしてぐりんぐりん。

 二人して首をかしげあいっこしている姿をニコニコと微笑んで眺めるセフィリア。

 いつまでもこうしてはいられないので、頃合いを見計らって声をかけます。

「さぁ二人とも、お店に向かいましょう? 歓迎会が待ってますよ」

 セフィリアに抱きかかえられるフクロウの後をついていきます。

 とうとう新天地にて、新生活の、始まりです。



   ***



 ——前略。

 あのね、聞いて聞いて〜! じゃない、見て見て〜! でもない、読んで読んで〜!

 なんと、わたしが降り立った星【緑星《リュイシー》】でいきなり不思議な出逢いがありました。

 画像でしか見たことのない動物を一度にたくさんも見ちゃったんです。しかもそのうちの一匹なんてたくさん写真撮っちゃったし、絵も描かせてもらっちゃいました。

 あ、撮った写真を添付しておきますね。早速自慢しちゃいます!

 それからセフィリアさんという下宿先の先輩にあたる女の人にも会いました。すごくキレイで大人っぽくて、優しい人です。

 これからその人のもとで、修行の日々を送ります。わたし、頑張ります!

 応援していてくださいね。

 まだまだ書きたいことはありますが、荷物の整理があるのでまたメールしますね。

 早々。

 森井瞳——3023.4.11