先輩、特種です

県議会議員、碣屠實墜玄

殺人未遂で現行犯逮捕!!



2件の殺人を自供、

暴力団との癒着と報告書の改竄疑惑も浮上!






千葉県議会議員である碣屠實墜玄(46)が、殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された。


碣屠實は国北照さん殺害と16年前の莪椡渠瑛さん、稽滸さん夫妻の殺害を自供している。



暴力団の髀鰒会とは、20年前の県議会議員当選前から癒着があり、当選に至った経緯についても不正があったと思われる。


16年前、髀鰒会との癒着と報告書の改竄に気付いた渠瑛さんを妻である稽滸さんと共に心中に見せかけて、不正疑惑の罪を着せ殺害。



国北照さんについても、髀鰒会との癒着を暴かれそうになって殺害したとのことだ。


(中略)


16年前の疑惑から一転、無実を証明した莪椡渠瑛さんだが、その家族が負った心の傷は計り知れない。


筆者である私も含め、国民全員がこのような事態に二度とならないように、目を光らさなければならないと強く感じる今回の事件。


政治の闇など決してあってはならない。


事実を伝え、明るいニュースが溢れるような世の中になっていって欲しいと願うばかりだ。


(写真・記,秀滝)

「いいじゃん!いいじゃん!特ダネ中の特ダネ!しかも、雁首まで揃えて!」


「県議会議員、しかも現役ですからね。部数も伸びて、売れてるって話ですよ!」



「そうなのよ!オーナーも珍しくご機嫌だったわ。」



囃噺と幄倍は興奮し、啄梔にいたっては滅多に見ることのない笑顔を見せている。



碣屠實の逮捕に居合わせた秀滝は、雁首……つまり逮捕の瞬間を捉えた写真付きで、記事を書くことが出来た。



薇晋と崇厩が他に言わずにいたおかげで、碣屠實墜玄の逮捕は、陽明日新聞社の独占特ダネとして一面を飾る。



外から帰ってきた潮は、興奮冷めやらぬ社会部に顔を出すよりも先に、ある人物を探していた。



「皆、大盛り上がりですよ。まっ、先輩ああいうの、苦手ですもんね。」


「南能…!」



中庭の少し奥まった場所にあるベンチに、目的の人物の秀滝はいた。



社会部や政治部のみならず、会社全員から質問責めに合いそうになったので避難していたらしい。


それを潮も分かっていたので、人があまり寄り付かないところを探していたのだ。



見付け出された秀滝の方は、見付かると思っていなかったようで驚いた顔をしている。

「書かなかったんですね、私のこと。」



言いながら、潮は秀滝の隣に腰掛ける。



記事には、莪椡折姫の名前はあったが南能潮の名前は一切出てきていなかった。



「書いたら追い掛け回されるだろ。他だけじゃなく、ウチの人間からも。」



「そーですね。」



秀滝は、16年前のようなことにしたくなかった。



追い掛け回されるだけじゃない、きっと今後の取材にも支障が出てしまう。



今回現場にいたというだけなので、薇晋も警察発表の際、南能潮の名前は出さないと、配慮してくれた。



「碣屠實墜玄はどうだった?」


「……………。」



さっきまで、潮は警察にいた。



碣屠實に襲われた直後、念の為にと秀滝に付き添われ病院に行った。


検査結果は問題無かったが、聴取が今になったのはその為。



潮が検査を受けている時間を利用して秀滝は記事を書いた……、というか時間が勿体ないから書いて欲しいと潮が言ったからだ。


なので、警察発表よりも記事が先に出るという、特ダネを書くことが出来たわけだが。



「悪い、言いたくないならいい。」



黙ってしまった潮に、軽率過ぎたかと慌てて訂正する。

「いえ。ただ、人間って分からないもんだなーと思っただけです。」



碣屠實の、偽りの無い本性を目の当たりにした潮。


潮や嚇止に優しくしてたのも、己の犯行が露呈しないか見張る目的だったらしい。



髀鰒会とは、金銭の授受があったことを認めた。


悪事の見逃しや得票数の確保、殺害時の凶器提供や偽装工作など、かなりの癒着と余罪があるとの事。



秀滝を襲ったのも、髀鰒会の組員だった。



「私にだってあったんだから、他の人に裏の顔があったって不思議じゃないですよね。墜玄さんが特別なんじゃない。」



そう言う事で、無理矢理納得しようとしてるのが見てとれる。


信じていた人に裏切られるというのはこういう事だと、突き付けられた気がした。



「南能の場合は違うだろ。」



碣屠實に対しては上手い言葉が見付からず、秀滝は潮のことだけ否定した。



「お前はよくやったよ。俺はカメラの存在も忘れて…、記者失格だ。それにICレコーダーも。」



潮のことにばかり気がいっていて、秀滝は自身がカメラを持っていることも忘れていた。


気付いた潮に言われたおかげで、逮捕の瞬間を撮り逃さずに済んだのだ。

碣屠實と会っている時、潮はポケットに取材の時の必需品、ICレコーダーを忍ばせていた。



何も無ければいいと、取り越し苦労であって欲しいとの願いを込めて。



しかし、そのICレコーダーにはしっかりと記録されていた。



16年前の真相も、

綻着嚇止が殺された理由も、

碣屠實墜玄の不正も、


潮に対しての殺人未遂も、



自白付きで何もかも。



それのおかげで、秀滝は記事を詳細に書くことが出来、警察の裏取りにも役立っている。


聞くに堪えない箇所があったのは否めないが。



「墜玄さんを信じたかった。16年前からずっとよくしてもらってたのは本当だったから。」



疑惑を晴らしたかったのに、逆に暴いてしまった。



「殺されかけるなんて思ってもみなかったし。催涙スプレー役に立ちました。」



秀滝は、自分で自分を褒めてやりたかった。



潮の普段の取材先に催涙スプレーがいるような相手はいないし、自分とは違いそんな記事担当でもない。


ただ、今回自分が催涙スプレーに助けられたので、お守りの意味を込めて渡したのだ。



まさか本当に、それが必要になる事態になるとは思わずに。

「でも、先輩が助けに来てくれて嬉しかったです。あんな酷いこと言ったのに。」



普段から失礼なことは言われている気がするが、きっと碣屠實墜玄と電話した後の会話のことだろうと、秀滝は察する。



「先輩は変わらないですね。あの時と同じ顔してたし。」


「あの時……?」



自分を前から知っているような口振りだ。


なんだか、前にも同じニュアンスの言葉を聞いた気がすると、秀滝は思考を巡らせる。



「やっぱり覚えてないですよね。16年前に私、先輩に会ってるんですよ。両親の件で取材しようと溢れ返ってるマスコミともみくちゃになって、私がこけて。先輩その時、助け起こしてくれたんですよ。」


「!」



まさか、覚えていたなんて。



秀滝は息を呑んだ。



確かに、こけてしまった当時の潮をマスコミの中から助け出したのは自分だ。


けれど、まさか潮の方も覚えていたなんて秀滝は想像もつかなかった。



両親が殺されてマスコミに追い掛け回されて、憔悴しきっていたたった7歳の子供に。

「今でも鮮明に覚えていますよ、凄く嬉しかったんですから。そのおかげでマスコミ、嫌いにならなくて済んだんですよ。こんな優しい人もいるんだなぁって。」



16年前とこの間と、自分を心配そうに見る秀滝の顔は、潮にとって変わらず温かいものだった。



「それに、痲蛭にいた時も何回か見てるんですよ。先輩、気付いていないみたいだけど。先輩がいるって分かってたから、陽明日の採用面接受けたんですよ。」



先輩と仕事したかったから。



「嚇止くん、多分それに気付いてて。だから、私には墜玄さんのこと言わなかったんだと思います。」



嚇止は潮の気持ちを邪魔したくはなかった。


せっかく前向きになった気持ちを。



「それと、先輩に嘘付きました。嚇止くん見付けた時、先輩が来た後も警察が来るまであの近くに私いたんです。」


「は?近くにいたならなんで…」



何故嘘を付く必要があったのだろうか。



あまり好きではないだろう警察からならともかく、呼んだ自分からも隠れる必要はないだろうと、秀滝は思う。

「先輩呼んだの、自分でも分からなくて。路地裏に逃げ込んだら震えて動けなくなって……でも、とにかく先輩の声聞きたくて、上手く言えたか記憶に無いけど、声聞いたら姿見たくて。先輩の姿見たら震えも止まって動くことが出来たんです。だから、」



だから、そんな勝手な理由で呼び出したなんて皆の前で言える訳ないじゃないですか。



そう言って、潮は立ち上がる。



「今回、色々言っちゃいましたし、心配もかけました。でも、先輩がいて良かったです。先輩が先輩のままで良かったです。」



「南能?」



立ち上がって、しかも背を向けている潮の顔は、座ったままの秀滝には見えないが聞こえる声は明るい。


それに、潮がここまで自分を褒めることは今まで無かったから、秀滝は妙な気分だ。



「先輩、私は先輩が好きでした。この気持ちがあったから、きっと今まで生きてこれたんです。好きっていう気持ち、教えてくれてありがとうございました。」



振り返って頭を下げる潮に、秀滝の思考は追い付かない。



「別に付き合うとか、そういうのは全く考えてないんで心配しないでください。先輩にはもっと相応しい人がいますしね。」

じゃ、戻りますね。



と、何故か過去形の告白して、しかも何事も無かったように去ろうとする潮を引き止める。



「ちょ、ちょっと待て。全く意味が分からない。とりあえず整理させてくれ。」


「はあ、良いですけど…」



混乱している秀滝をよそに、潮はそんな変なことは言っていないはずなんだけどな、と思った。



「まず、第一になんで好きでした、って過去形なんだ?もう、お前の中じゃ俺のことは終わったこと…なのか?」


「そんなことはないですよ。今も先輩が好きなのは、変わりありませんから。」



「じゃあ、なんで過去形なんだ……」



今でも好きだ、というわりにはさっきの語尾は過去形だった。



「だって先輩、私が付き合うのなんだのって言ったら困るでしょ。私はそこまで高望みはしてませんし、過去形じゃなかったら囃噺さんに悪いじゃないですか。」


「………はぁ?なんで、ここで囃噺が出てくるんだ?」



好きだ、付き合うだ、などといった恋愛の話をしているはず。


なのに、何故か全く関係がない囃噺の名前が出てきて、ますます秀滝は混乱する。

「先輩、囃噺さんのこと好きですよね?同期でお互いのこと良く分かってるし、良く話してるし。」


「………………。」



秀滝は頭が痛くなった。


なんでよりにもよって、勘違い先が囃噺なのか。



お互いが分かっているのは、新人の頃良くコンビを組まされたからで。


良く話しているのは……、話しているのではなくてただ単に言い合ってるだけで。

それも、皮肉や嫌味といった悪い意味合いがほとんど。



それが、何故そういう解釈になるのか。



「……お前、事件記者に向いてないな。地域担当で当たりだ。」


「どういう意味ですか?!」



突然の向いてない発言に潮はムッとするが、秀滝は聞き流して小さく溜め息をつく。



「的外れ過ぎる勘違いはやめてくれ。俺は囃噺なんか全く好きじゃない。むしろ嫌いな方だ。」


「………へ?」



あんな奴、誰が好きになるか。頼まれたってごめんだ。



と、心底嫌そうに話す秀滝。



しかし、潮はそんな秀滝の感情に全く気付いていなかったので、目をぱちくりさせ間抜けな声を出した。

「そーなんですか…?私、てっきり。」



そーだったんだ。



なんて、呑気に頷きながら納得している。



あからさまに嫌な雰囲気を醸し出していた秀滝と囃噺。


それを好き同士だと勘違いする潮には、洞察力と時に推理力が必要な事件記者には、やはり向いていないようだ。



「まっ、どっちにしても先輩に迷惑をかける様なことはしませんから安心してください。」



「迷惑って……」



今でも好きだと言うのに、何故か潮の中では自分の気持ち抜きで既に自己完結しているらしい。



「南能、この際だからもうはっきり言う。」


「はい?」



「俺も南能が好きだ。」



「…………………は、い?」



潮の思考と動きが、ピタリと一瞬だけ止まる。


そして、辿り着いた直感的な答えを潮は口にするが、きっと頭は回っていない。



「えっと…先輩、気を使ってくれるのは嬉しいんですけど嘘付いてまでは…」


「……嘘じゃないから…お前、どれだけ疑り深いんだよ。碣屠實墜玄のことは、あれだけ信じてたのに……。」



「べ、別に先輩を疑ってるとか信じてないとかじゃなくて……えと、あの、だから、その」

碣屠實を信じて、秀滝を信じていない訳ではない。


ただ、思ってもみなかっただけだ。



秀滝が自分を好きだなんて。



そういう感情が秀滝に無いと思っていたからこそ、潮は軽口を言えたりハッキリ好きだと言えたりしたのだ。



「せ、先輩は、囃噺さんが、好きじゃなくて。先輩が、好きなのは、私で……?いやいや…、先輩は優しいし、疑うわけじゃないけど……、そんな都合の良いことあるわけ……。でも、先輩は嘘じゃないって言ったし……」



言われたことを理解しようとするが、点は点のまま線には繋がってくれない。


考えは纏まらず、潮はブツブツと自問自答を繰り返す。



しかし、潮の気持ちを知ってしまった秀滝に、答えが出るまで待つ余裕はもう無かった。



「あーもう……。どうしたら信じてくれんだよ!」


「ゎっ……!」



潮の間違いだらけの思考を、とにかく止めさせたかった。



「は?へ?せ、先輩……!?」



目の前はどこを見ても秀滝で埋め尽くされていて、触れた体温に声はしどろもどろになる。


抱き締められると思っていなかった潮は体は固まったまま、頭だけで一人わたわたしてしまう。

「16年前のこと、南能が覚えているとは思わなかった。けど、覚えていてくれて俺も嬉しかった。俺は、あの事件忘れることなんて出来なかったから。助けた時の南能の顔が忘れられなかった。」



助け起こした潮は、ありがとうと言ってニッコリと笑った。


しかし、その直後に他の記者が潮がこけてしまったことに気付いて、一瞬で無表情に戻ってしまったのだが。



自分だけに向けられたその笑顔を、秀滝は忘れることが出来なかった。



「ふとした表情が似ているとは思ってたんだが、まさか本人だとは………」



普段からかわれることが多く、その表情も意地悪なもの。


しかし、不意に見せる笑顔や一人気を抜いた時に醸し出す雰囲気は、どことなくあの少女を脳裏に思い起こさせた。



でも、同一人物だと知った後も、何でもない風に装うしかなかった。


からかいの対象である自分に好意など持っている筈がない。



気持ちを伝えたとしても、からかわれた挙げ句に玉砕など立ち直れる気がしなかったから。



「今回のことだって、何とかして犯人に繋がる情報見付けたかったのに、直接乗り込むとか無茶しやがって……心臓止まるかと思ったんだぞ?」

潮が碣屠實に一人で会いに行ったと分かった時、引き止められなかった自分をどれだけ責めたことか。


病院だって、心配で心配で無理矢理連れていったようなもの。



記事や警察発表に関しても潮の名前を出したくないと、啄梔と薇晋に頼んだのだ。


潮にも言った、最もらしいことを2人にも並べ立てたが、結局潮に何かしらの影響を残したくなかっただけだ。



取材すら出来ずに逃げた、16年前のようなことは繰り返したく無かったから。


自分が潮に出来ること、今回ならあると思ったから。



「だが、無事で良かった。本当に良かった。」


「先輩……」



心配と安堵。

秀滝から伝わってくる。


潮は動揺することも忘れ、秀滝を呼んだ。



「忘れられなかったんだよ、16年前のあの時から。南能のことがずっと……!」



7歳の少女に恋するなんて馬鹿げてると、自分でも思った。


何度も何度も、気の迷いだと思い込もうとした。



けれど、紛れもない事実だ。

それが、偽り無い気持ちだった。



だから、どうしても目の前の、思考回路が鈍感な娘に伝えたかった。



伝えられなかった、16年分の想いを。

「先輩。」



潮は秀滝を呼ぶが、返事は無い。


秀滝から伝わってくる速すぎる鼓動が、逆に潮を落ち着かせ状況を把握出来るまで冷静になれた。



「先輩、離してくれませんか?ちょっと苦しいです。」


「わ、悪い……!」



勢い余って、力を入れてしまったらしい。


そして、自分のしたことに今更恥ずかしさが込み上げて、素早く潮を離した。



「ふっ、ふふふ…」


「笑うな……」


秀滝の行動が余程可笑しかったのか、潮は吹き出すように笑う。


ばつが悪そうに、秀滝は視線を逸らした。



「あ~~!もういいです!」


「み、南能?」



話を終わらせようとする単語を叫ぶように口にした潮に、今度は秀滝が動揺する。



「先輩。私、頭良くないんで、囃噺さんとのこととか難しいことは分かりません。でも、先輩が好きって言ってくれるなら…、言ってくれる限り、私は先輩を信じます。ていうか、信じたいです。」



「南能…!」



「それと、16年前から好きだったの、先輩だけじゃないこと忘れないでくださいね!」



ニッコリ笑う潮は、16年前から変わらないもの……、いや、それ以上の笑顔だった。

先輩、号外です

碣屠實墜玄の事件から数週間後。


報道も落ち着き、陽明日新聞社も忙しい日常を取り戻していた。



「戻りましたー!」


「あ、お帰り。」



取材から帰った潮を迎えたのは、啄梔だけだった。



「囃噺さんは、取材ですか?」


「ええ。幄倍と一緒にね。何か用事?」


「スーパーの割引券貰ったんで。あ、デスクにもありますよー」


「ありがと、助かるわ。」



今日行った取材先の一つ、地域密着型のスーパーで手渡されたもの。


一人で使うには多すぎるぐらい貰ったので、お裾分けだ。



「デスク、今日分終わったんで、あがりまーす。」


「分かったわ。お疲れ。」



社会部を出た潮は、帰る前に届いたメールを再確認しある場所に向かった。


そしたら見知った顔を見付けたので、潮は声をかける。



「スピード解決でしたね。お手柄じゃないですかー」


「南能!」



潮が着いた先は、警察の記者会見会場。


会見を後ろから見ていた薇晋に話しかけた。



「馬鹿にするな。」


「馬鹿になんかしてませんよ。褒めただけじゃないですかー」



そうは言っても、潮の顔は楽しそうだ。

会見が終わって、記者達がゾロゾロと帰り始める。



「南能。」


「先輩!」



自分の存在に気付いた秀滝が声をかけた。



「そっちの方が早かったか。」


「はい。デスクいたんで、ついでにあがってきました。」



確認したメールの相手は秀滝で、内容は記者会見に行くというものだった。



「なんだ、迎えにきたのか。」


「羨ましいですかぁ?仕事ばっかで娘さんに愛想尽かされた、び・く・に・さん?」


「な、なんで知って…!」



担当外の場所にいる理由を薇晋 は冷やかそうと思ったのだが。


まさかの情報を知っていた、ニヤリと笑う潮に返り討ちに合う。



「そうなのか?」


「そうなんですよ!」



比較的個人的な情報の為、秀滝は知らなかったらしい。



「なんで、お前が知っている!?どこから………、誰から聞いた!?」


「守・秘・義・務~!情報源は明かせませんよー。まっ、これでも使ってご機嫌取ったらどうですか?」



そう言って薇晋に差し出したのは、千葉県が誇る某テーマパークの招待券だった。



「どういう風の吹き回しだ?何が目的だ?」

「目的って………。取材先の人に貰ったんですよ。他意はないです。」



潮がそう言っても、薇晋はまだ微妙な顔だ。



「……それ、貰ったのは偶然ですけど。薇晋さんに何かお礼しなきゃなーと思ってたので。まっ、貰ってくれたら嬉しい…です。」


「何かお礼って、俺は南能に何もしていないが…?」



潮にお礼をしてもらうようなことに、思い当たる節が薇晋には無い。



「墜玄さんの件ですよ。先輩と私を助けてくれたことも、名前出さなくしてくれたことも。……もう、とにかく全部にです!」



事件後、言葉では感謝を伝えたものの、潮には些か薄っぺらく感じていた。


それほどに、薇晋に対して、そして警察に対して、潮の中には信頼が生まれていたのだ。



「南能……。気持ちは嬉しいが、警察として当然のことをしたまでだ。……まあ、ほんとは、襲われる前に対処したかったんだがな。」



後手に回ったことが悔しかった。



警察である自分達が、もう少し気付いて何か出来ていれば、もう少し早く潮の信頼を得ることが出来ていれば。


潮が一人で、碣屠實に会いに行くという無茶をすることも無かっただろうから。

それでも、逮捕出来て本当に良かったと心の底から思った。



普段いくら馬鹿にされようと、楽しそうに話しかけてくる、悪意の無い潮のことを悪くは思わない。


こうやって、いや前より信頼感が増している潮に、寧ろ嬉しさまで感じる。



「…これを受け取ることで、南能の気が済むなら有り難く貰っとく。」



だけど、受け取ったことは内緒だぞ?賄賂と取られかねんからな。



「ふふ、了解でーす。」



気持ちを汲んで招待券を受け取ってくれた薇晋に、潮は事件担当が薇晋で良かったと改めて思ったのだった。



「良かったのか、招待券渡して。行ったことがないと言ってただろ?」



前に特集記事を組んだ雑誌を読みながら、潮が幄倍とそんな話をしていたのを、秀滝は思い出した。



「良いんですよ。私にはこれがありますから。」


「これ……」



潮が見せたのは、某テーマパークの年間パス。

しかも、2人分。



「招待券とは違う取材先からなんですけど。…ってか、これ元々、福引券だったんですよねー。」



期限が今日までで、行く時間が無いからと半ば押し付けられるように貰った商店街の福引券。

ハズレでも参加賞が貰えるので、せっかくだからとしてみた。



そしたら、なんと……



まさかの二等賞!



一等賞は世界一周旅行だったが、潮にとっては二等賞で十分だった。


いや、二等賞が良かったのだ。



まぁ、最終日の期限ギリギリまで出ていない一等賞には甚だ疑問ではあるが。



「これなら、いつでも、何回でも、急な呼び出しがあっても、先輩と行けます!」


「…そうだな。」



最終日で、しかも貰い物なのに、ほんと運が良かったですよー。



なんて、ご機嫌な潮。


自分と行くことが潮の中では決定事項であることが、秀滝は嬉しくて返事がワンテンポ遅れてしまった。



「飯行くか。イセエビの美味い店、教えてもらったんだ。」


「ほんとですか!行きたい!」




どこなんですか?




小さい小料理屋だ。

刺身と伊勢海老汁が美味いんだと。



楽しみー!





人が疎らになった記者会見会場を後に、楽しそうに会話しながら潮と秀滝は小料理屋へ向かうのだった。