「……自分を誇れか。また見つかると思う?」


 何かが彼の中に刺さったのだろうか。

僕の言葉を反芻(はんすう)した彼の瞳に、わずかに光が宿る。

 畳み掛けるなら今だと言わんばかりに僕は続ける。


「君が本気で見つけたいと思うならね」

「そっか」

「さあ、きみはまだ引き返せる。こっちへ戻っておいで」


 そうして何とかフェンスをよじ登らせ、思い留まらせることに成功した。


「今日はもう帰りなよ」


 そう促すと彼は素直に頷き、階段の方へと歩き出す。


 去り際に彼は、こちらに背を向けぽつりと呟いた。


「叶うなら——もう一度だけ、トラックを走りたい」


 切実な想いを乗せたその声は、虚しくも風にかき消され、まるで空気に解ける様に消えた。


《第一章:松葉杖の少年 第一節:火曜日fin.》