僕のその提案に一瞬考えを巡らせた様子の彼は、それもそうかとポツリポツリと語り始めた。

 案外彼は話のわかるやつのようだ。

 自虐的な笑いを含む声で「理由はこれ」と、自分の足を指差した彼の瞳には途端に哀愁が漂う。


「こう見えても県大会では上位に食い込む程度には足には自信があったんだ」


 自信が”あった”と過去に思いを馳せる彼はどこか懐かしそうに目を細める。


「——だけどあの日、小さな子供がボールを追いかけて車が行き交う車道に飛び出したから、思わずその後を追いかけたんだ。そしたらトラックが突っ込んできた。結構な事故で新聞にも小さくではあったけど載ったらしい。……幸い命に別状がないことを周りは大いに喜んだ」


 どこか遠くを見つめる彼の表情が次第に翳(かげ)り始める。


「次に目が覚めた時には病院にいた。助けた子供の両親にはずっと頭を下げられて心底助けられて良かったって思った。こんな自分にも誰かを救うことができたんだって嬉しくもあった。……もちろん今でも助けたことは後悔してない」


 頭で考えるよりも身体が先に反応していたのだと彼は言う。

 その小さな子供はある意味運が良かったし、ある意味では運が悪かったのかもしれない。

 何故ならその子は、誰かの犠牲の上で生きることの重さを一生背負って生きていかねばならないのだから。