土曜の午前九時。

 普段ならば休日ということもあって、家にいる男がその日は偶然午前中だけ出勤である事を冷蔵庫に貼られているカレンダーを見て、僕は知っていた。


「——ただいま」


 静まり返った家の中からは、以前まで聞こえてきていたはずの“おかえりなさい”というやまびこはもう聞こえない。

 もはや習慣化してしまった挨拶が無意識に口を衝いて出る。

 そうして家の中に声をかける度に、僕は嫌という程思い知らされるのだ。

 この場所にもう僕の居場所などない事を。

家の中には確かに僕の他にも住人がいるはずなのに、この家の住人は僕のことをまるで見えていないかの様に無視を決め込んでいる。

 僕の声には返事など望んだところで何一つ返ってこないし、僕のために用意された食事もなければ、僕に対する関心などありはしない。

 その時——まるで追い討ちをかけるように、小さな子供の泣き声が家中に響き渡り、その声を追う様にすぐに母さんのあやす声が聞こえてくる。

 嗚呼、もう誰も僕の帰りなど待っている者はいないのだと妙に納得し、出来るだけ足音を押し殺しながら自室に向かう。

 机とベッドしか置かれていないこの簡素な部屋が僕の城だ。

 疲れ果てた身体をどうにかベッドに投げ出し、机の上に視線を走らせる。