つまり僕と母さんの間には声を隔てる様な障害物など何一つない事になる。
それにもかかわらず入り口付近で、そこそこ大きな声で呼んだものの母さんの反応は一切なかった。
部屋の外は昼間ということもあって明るいが、遮光カーテンに光が遮られ、照明のついていない部屋の中はやや暗く感じる。
畳まれた洗濯物に囲まれ、付けっ放しのテレビに向かって配置された座椅子に座っている母さんはピクリとも動かない。
不審に思った僕は、そっと母さんの正面へと回り込み顔を覗き込んだ。
「——かあ、さん? どうしたの? ……具合でも悪いの?」
不自然なほど視線が合わないのはどうしてだろう。
まるで僕などそこに存在していないかの様に、母さんは僕を見なかった。
その時、ゆりかごの中でもぞもぞと起き出しては、泣き喚く声が響き始めた。
すると先ほどまでとは打って変わって、瞬時に立ち上がりあやし始める母さんの姿がそこにはあった。
優しげなその声は僕ではなく、母さんが腕に抱く小さな生き物に降り注ぐ。
母さんのその行動が意図的であることを、僕はその時になってようやく知った。
嗚呼、僕の居場所などもうどこにもこの家の中には無かったのだと、馬鹿な僕はようやく今になって気付いたのだ。
どうして母さんまで、僕を邪険にするのかは分からない。
分からないけどこれが事実なのだ。
これが僕の身に降りかかった紛れもない現実なのだ——。
《第四章:僕のこと 第一節:金曜日fin.》