だから母さんが父と過ごしたこの家は唯一、母さんの手元に残った父の形見となる。

 そんな我が家で、母さんと僕と男の共同生活がスタートした。

はじめの頃は何事もなく、まさに平穏だった様に思う。

 今にして思えば、あれは“嵐の前の静けさ”というべきだったのかもしれない。

 平和だった日常が崩れ始めたのは、男との生活が始まってからおよそ三ヶ月目に入った頃だった。

 あの時、初めて男と対峙した時に感じた、決して当たって欲しくなどなかった嫌な予感がついに当たってしまったのだ。

 ある夜の金曜日。

 男から会社の同僚と飲んで帰ると母に一報があり、久しぶりに母さんと僕の二人だけで晩御飯を食べた。結果として、それが母さんと食べた最後の食事となることをこの時の僕はまだ知らない。

 その晩、男が帰宅したのは日をまたぎ掛けそうな時間だった。

 そして不運にも乾いた喉を潤そうと、僕が布団を抜け出したのもちょうどその頃だった。

 普段ならそっと開閉される筈の勝手口が、その晩は乱暴に開け放たれた。


「……おかえりな、さい」


 おずおずと、どこか様子のおかしい男に向かって声を掛ける。

 酔っ払っているのか足取りもフラフラとしていて危なっかしい。