「だけど……、どこでボタンを掛け違えてしまったんだろうってくらい。あっさり穏やかだったはずの日常が崩れていったんだ」
先程までの晴れやかで優しさに包まれているような表情から一変して、遣る瀬無いと言った感情が張り付いた様な顔で彼は続けた。
「気付いたら母親の再婚相手から暴力を振るわれる様になっていた」
彼の言葉が痛いほど自分の中に刺さるのは、知っているから。
その痛みを、僕は確かに知っていた。
「その上、追い打ちをかける様にその時すでに母さんのお腹には再婚相手との子供を授かっていた。再婚相手の男とその子供がいる家になんて——もう僕の居場所なんて何処にも在りはしなかった」
「……き、君のお母さんは?君が再婚相手の男から暴力を振るわれる事について何か」
まるで何かにすがる様な思いでそう問うた僕に、彼はまた寂し気に笑った。
「さあ。あれ程分かり合えていたはずなのに、今となって母さんが何を考えているのか僕にはさっぱり分からないんだ」
彼の居場所は本当に無くなってしまったのだろう。
これまで僕はここから飛び降りようとする少年たちに声を掛け、なんとか思い留まらせては阻止してきた。
だけど目の前のこの彼にだけは、かけられる言葉を僕は持ち合わせていなかった。