たった一人の味方が欲しいと言いながらも、すでに手にしている事にすら気付きもしない彼に心底腹が立つ。
そんなものは断じて一人とは言わない。だって僕は知っているから、本当の孤独を。だからこそ自分は孤独なのだと悲観する彼が許せなかった。
——気付けば僕は吠えていた。
「そんなものは一人でも何でもない! 君には家族という味方がいるじゃないか。心配してくれる家族以上に何を望むって言うんだよっ!?」
自分の中の激情が堰を切ったかのように次から次へと溢れ出す。
「それにここで命を絶ったらいじめていた奴らの思う壺だよ!! 奴らは君が死んだところで何らダメージなんか受けないし、君が命を賭してまで奴らの前から消えてやる必要なんかない!!」
ずっと不思議だった。
どうして、いじめを受けた側が追いやられなきゃいけないんだろう。——僕たちは、一体どんな罪を犯したんですか?
どうして、いじめられるとカウンセリング勧めらなきゃいけないんだろう。——僕たちはどこかおかしいのですか?一体、いじめにあうと言うのは何の病気だと言うんですか?
どうして、いじめが原因で不登校や引きこもりとなった人間は落ちこぼれの烙印を押され、いじめていた側の人間は過去の自分の過ちを認め、それを世間に公表した上で悔い改めたと語る事を世間は立派だと褒め称えるのだろうか。——僕たちは世間の人々の持つ物差しからそれ程までに外れた人間なのですか?
他者から、自信も、居場所も友人さえも奪っておいて、それでも尚いじめていた人間の方が評価されるこんな世の中は間違っていると僕は思う。