私たちは、人混みから少し離れた場所まで歩いた。
 晴れていれば座れたであろう場所は、先程の夕立で濡れていた。


「この辺でいいかな」

「うん」


 人通りがまばらになった所で立ち止まる。
 頭上には小さな外灯があって、私たちを静かに照らした。


「……君が僕の所へ来てくれた理由を、君の口からちゃんと聞きたい」

「うん……」


 向き合った佳くんの瞳を見つめる。
 彼も真っ直ぐに私を見ていた。

 逸らしたくなるほどの綺麗な瞳。
 その瞳に意識を全部持って行かれそうになるのを、ぐっとこらえた。


「私は、佳くんが、……好きだから、逢いにきた」

「嬉しい。とても嬉しいよ。でも、ここへ来る前に俊太の所へ行ったのは、どうして?」


 その口調は責めるのではなく、普段通りのそれだった。
 眼差しも柔らかく見える。


「俊太には、ちゃんと話しておきたかった。俊太に恋はしていないけど、付き合いの長い大切な存在だから、何も言わずにこっちには来られなかった」


 次の瞬間、佳くんが私の手を優しく引き寄せた。


「妬けちゃうね。……さっきのバイトの子にだって、僕は妬いてしまったんだよ」

「ごめん……」

「どうして選んでもらえた僕が、こんな気持ちになるんだろう。今までに感じた事のない、複雑な気持ちだよ」


 佳くんが近すぎて、視線が彼の後方へすべる。


「駄目だよ、僕を見て」


 静かに囁かれた声音に鼓動が乱れる。

 佳くんが、私の視線を自分の方へ戻そうと更に近付いた。


「前にも、そう言ったでしょ?」

「……!」


 彼の手が私の頬に触れる。




 もう、動けない――。




「……僕はもう遠慮しないよ」


 そうして唇に触れたそれは、飴玉で触れてきた指先よりも、ずっと優しかった――。