「……」


 すると遠くから、軽い足取りでこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。

 俊太がドアへと歩き出し、途中でこちらを振り返る。


「祭りの日、待ってるからな」


 そして俊太が外へ出ていくと、何やら話し声が聞こえてきた。
 その内容はこちらまでは届かず、何を言っているのかは分からなかった。

 ゴロゴロと空が唸る。

 ふと、雷が鳴っているのに俊太は来てくれたのだと、今になって気が付いた。

 そして再びドアが開く。


「螢ちゃん!」


 その声に反応して、私の鼓動は跳ね上がった。

 しんとした部屋に、俊太が離れていく足音が聞こえる。


「佳くん、どうして?」

「俊太から、君の様子がおかしいからって連絡があって」


 佳くんが私に近付いてくる。
 彼は私の顔を見て、少し驚いたようだった。


「目が真っ赤だね。泣いていたの?」


 佳くんがポケットからハンカチを取り出し、私の頬に軽く押し当てた。


 二人の距離が、ぐっと近付く。


 それだけで、私の心は落ち着かなくなってしまう。

 先ほど俊太に抱き締められたときには、ここまで動揺しなかったのに。


「将来のこと、親に反対されたって聞いたけど……」

「うん……。でも、やっぱりかって感じ」


 私は小さな苦笑いを彼に向けた。


「無理して笑わなくていいんだよ。悲しい時、つらい時、悔しい時。そういう時は、泣いてしまうのが一番。我慢をしてしまっては、心が壊れてしまうよ」


 胸を締めつける優しい声。


「大丈夫。さっきもう泣いたから、少しスッキリしてるよ」


 すると、佳くんのハンカチを持つ手が止まった。


「……俊太の胸を借りたの?」


 瞬間、俊太に抱き締められた感覚を思い出してしまう。

 でも、あれは違う。


「う、ううん。俊太が来る前に、一人で泣いたんだよ」


 ぎこちなかっただろうか。
 佳くんが、私の顔をじっと見る。


「俊太と、何かあった?」

「何もないよ」


 本当に悪いことはしていないのに、佳くんと視線が合わせられない。


「だったら、僕の目を見てちゃんと言ってよ」


 先程から騒がしくしている鼓動を感じながら、私はゆっくりと、彼に視線をすべらせた。

 窓際に立っているせいか、色素の薄い髪や瞳がとても綺麗で、私は何も言えなくなってしまう。


「……」

「……」


 この沈黙がどのくらい続いたのか分からない。
 時間の流れが狂ってしまったかのような錯覚に襲われた。


「そんなに僕を見つめないで……」


 佳くんの静かな声が空気を震わせる。


「そんなに見つめられたら、僕はどうしたらいいのか分からなくなってしまうよ……」

「それは……、どうして?」