俊太と鉢合わせだ。


「螢、ちょうど良かった。今、お前の家に煮物を届けに――」


 気付かれた。


 私は俯いたまま何も言わない。言えなかった。


「あ、その、残念だったよな。お前の祖母ちゃんは俺も好きだったぜ……」

「うん……」


 それだけじゃないんだよ。
 涙を抑えることが、もう限界だった。

 ぽたぽたと大粒の涙が、アスファルトの色を変えていく。
 プレハブ小屋の事は、俊太には言わなければならない。


「俊太……」

「何だ?」

「小屋が……」

「小屋? どこの小屋だ? プレハブ小屋か?」

「取り壊して、土地を売るって」

「……そうか。そのことは少し心配してたんだよな。やっぱそうなったわけか……。まあ、俺は何も言えねぇ立場だからな……」


 もう嫌だ。
 私が生きている意味って何?

 私が自転車のペダルに足をかけると、俊太が私の腕を掴んだ。


「どこに行くんだ? 買い物か?」

「……」

「……」


 私は俯いたまま何も答えずにその場を後にした。


「おい、螢!」


 俊太は私の家に届けるものがあったからか、追いかけてはこなかった。


 いつものように鍵を使ってプレハブ小屋へ入り、窓を開けていく。

 私はテーブルに荷物を置くと、いつものように椅子を窓際へ寄せて座った。

 先程から空模様が怪しい。

 晴れていればまだ明るい時間だが、今日はもう薄暗くなっていた。
 一日中よく晴れていたので、これから夕立がくるのだろう。
 夕立前の強い風は、不気味なほどに冷たく吹き付ける。

 ふと、佳くんと出逢った日のことを思い出した。

 彼はこの町を散策中に夕立に遭い、たまたま近くに見えたこの小屋の入口で雨宿りをしていた。
 そこで、仕事帰りにたまたまここへ寄った私は彼と出逢ったのだ。

 私に気付いた佳くんが、初めて私に投げかけた言葉。


【あ、お帰り】


 演技だとは思えないくらいに自然な、人違いをしているのではと私に思わせるくらいの、心からの笑顔を向けられた。


 この出逢いが、無気力に生きていた私を変えたんだ。


「佳くん……」


 逢いたいな――。


 髪が力強く煽られる。
 窓からの強い風が、私の声を掻き消した。