「なんで僕だけスウェットなんですか?」
「お前が破ったんやんけ。今度から俺の家に服置いとけよ。いくらでも練習できるやろ」
「え、あの部屋は斗樹央さんの家なんですか?」
「あ? なんやと思っててん?」
「……いや、別に」
連れてこられた店はダイニングバーだった。慣れない店で、皆はお洒落なスタイルなのに涼聖だけ上下スウェット姿。とても恥ずかしかった。
友伸は知らない女性と酒を飲んでいて、牡丹は店員と何かを話している。斗樹央と涼聖と華はカウンター席で料理を食べながら酒を飲んでいる。斗樹央の右腕にはずっと美人モデルな華が引っ付いていて涼聖を睨んでいる。
「華ちゃん、僕は獣化できひんから……」
何もしていないのに常に美人に睨まれるのは理不尽だった。
「斗樹央は牡丹さんの獣化が好きですから、きっと白狐も気に入ってしまいます」
「牡丹は別もんやろ。尻尾九本やぞ。魅入られへんほうがおかしい」
斗樹央は煙草を取り出し口に銜えた。火を付けて牡丹を見ている。九本の尻尾……モフモフに変わりはないが。
「僕は一本だけですから魅力はないです。人化中も男ですから」
「フサフサの白い尻尾なんかなくてもいいですね。鋏で切れますか?」
「……驚きの質問にどう答えていいか、僕にはわかりません」
華のダークな本気なのか冗談なのかわからないコメントには、一々反応するほうがよくないのかもしれない。
「狼ってフサフサなんかな」
斗樹央はそんなことを言った。
「きっと斗樹央の気に入らないバサバサしてる毛並みです。モフモフじゃないです。綺麗な色もしてないです」
華はギュッと斗樹央の腕にしがみついた。
「犬みたいに忠実かもしれんぞ?」
「でも、でも、モフモフじゃないです」
「狼って気性が荒いんじゃないですか? イヌ科でも猛獣ですよ」
涼聖がそう言うと、斗樹央は鼻で笑った。
「もしかしたら、お前も凶暴な白狐やったかもしれんぞ?」
涼聖は驚き動揺した。牡丹が言っていたように涼聖が凶暴だったため封印されたのかもしれない。
「ともかづきは元々凶暴なんや。海女を騙す危険な妖怪や。伊勢に置いとかれへんやろ。陸で生活できるんやったら海から離したほうがええ。華は気性が戦闘向きなんや。お前はどうやろな」
美味そうに斗樹央はグラスの酒を飲んだ。斗樹央は涼聖を試したい。涼聖は、自分が何者なのか全てを思い出したかった。
涼聖は斗樹央の元に居た方がいいことは理解していた。ただ、期待されるような戦闘力が自分にあるかわからない。戦闘する意味もよくわからなかった。
牡丹が涼聖の隣に座り、斗樹央に言う。
「間違いないわ。ここの地下よ」
「一回帰ろや。準備してまた来よう」
しっかり食ったか? と涼聖に聞いた斗樹央は友伸を呼び寄せ、友伸に飲食代を支払わせた。

 黒のパーカーとスウェットのパンツ。それが涼聖に与えられた戦闘服だった。
「皆お洒落やのに」
涼聖は俯き、誰も聞いてくれない愚痴を言った。
『C』といえばお洒落な店員が揃っていて、モデル以上にサイトでは人気がある。涼聖も大阪天王寺店で一番フォローの数が多く人気があった。その涼聖が着ているのは斗樹央のスウェット。いわば寝間着だ。
「気に入らんのやったら自分で買って持ってこい。華見てみ。自分の世界で生きてるで」
斗樹央に言われて華を見ると――あぁ。「意気込みから負けてますね」華は黒一色のゴシックロリータファッションだった。
斗樹央は黒の細身のカーゴパンツに黒のTシャツ。首にはゴーグルがぶら下がっている。
「……陰陽師ってもっと雅な人やと思ってました」
「それは京都の陰陽師。俺は大阪の陰陽師。大阪人は粋やないとな」
粋なのかどうかはわからないけど、これから涼聖も戦闘に連れ出されるようだった。
「牡丹と友伸は店で待機。涼聖」
腕を出せと斗樹央に言われて両腕を出すと、袖をめくられ油性マジックで肘から手首の間に何やらたくさんの呪文が描かれた。
「これで俺のや」
「斗樹央さんの、ですか?」
「借りてるんや」
斗樹央は華の顔にも何か描いている。左頬から大きく赤い五芒星が描かれた。ペンのようなものは牡丹のメイク道具のようだった。
「なんで油性マジックじゃないんですか?」
「女子の顔やぞ? お前はアホか」
男の涼聖の腕には油性マジックで描いてもいいらしい。差別だと思ったが、華の手前、涼聖はそれ以上何も言わなかった。