涼聖が着替え終わると、斗樹央は友伸に言った。
「友伸、これで美女作って」
手渡された人型で友伸は、金髪で青い瞳の美女を作った。友伸の好みなのか美女は白のビキニで寒そうだが、友伸は眼鏡を掛け直してドヤ顔だ。
「これが成功例や。その時に必要なものが作れたらいい。戦闘要員が華と俺だけやったから、涼聖、頑張れ」
何を頑張るのか。エロい美女を作るのか。何で牡丹や友伸じゃないんだろう。いきなり連れてこられて、いきなりお前は戦闘要員だと言われる。陰陽師がいて、伝説の妖狐や妖怪がいる。今日も憑代を探していただけなのに、勝手に物事が進んでしまった。
涼聖は驚きながらも冷静でいようと思った。
「戦闘要員ってなんですか?」
「戦う人や」
「……誰と戦うんですか?」
「悪者」
斗樹央が言っていた中二病だ。三十路の男が悪者と戦うという。もうAIの時代だというのに。
「すみません、なんで僕ですか?」
「牡丹は封印が解けたら日本の終わり。友伸は怖がり。華はいたずら好きで胆が据わってる。んで俺は攻撃特化。残りはお前」
どう聞いても、たまたま余ってるから戦闘につきあえという意味にとれる。シャッターを閉めてこいという単純な命令のようだった。
「まぁまぁ、ご飯食べようよ」
牡丹に言われて、涼聖はどこに座ろうか悩んだ。「獣化して床で食べたらいいですよ」という華の意向には添うことができない。
「椅子もってきたって」
斗樹央が言うと友伸が何の部屋からかオフィス用の椅子を持ってきた。その椅子に斗樹央が座った。
牡丹が斗樹央に「ちゃんと話してあげなさいよ」と耳打ちした。
「ちゃんとって、ちゃんとした依頼なんかないやんけ」
斗樹央は牡丹には逆らわないようだった。それでも少し拗ねている。
涼聖はそんなことよりも、ハンバーグを見つめていた。「美味しいよ」と牡丹に言われて期待で胸が高鳴った。
「ハンバーグ食べたことないんです」
「涼聖は、もっといろんなこと経験したほうがええな。戦闘もや」
斗樹央は「戦闘」と言うが、いったいどんなものか。友伸がゴホンと咳をした。
「いわゆる、異能者対異能者のバトルやねん。斗樹央は占いは下手くそやけど、バトルは優れている。噂を聞いたヤツからの依頼が多い」
「異能者ですか?」
「そうや。普通の人間には考えられない異常が起こって、警察に言うこととちゃうよなーってことを俺らが解決するねん。斗樹央が言った通り、ちゃんとした依頼じゃなくて、『TIME』や牡丹ちゃんが勤めてるクラブ『ローズ』なんかがパイプになってる。そうやって表に出されへんから俺らの仕事は裏の仕事になる」
「報酬も安いからね。仕方がないんだけど」と牡丹は溜め息をつく。
「斗樹央が占術できたら俺らも苦労せんでいいんやけど」
「そんな俺を責めんでもええやんけー」と斗樹央は呆れた。
「陰陽師も登録制度で、占術が上手い術者のほうが重宝されて優遇される。もちろん斗樹央は陰陽師協会に登録してないし、バトルの腕はあるから裏の仕事の依頼はいくらでもある。安いけどな」
「まぁ、裏の仕事は夜や。基本的に調査は牡丹。準備や雑用に友伸。華と涼聖と俺で戦闘。だから、涼聖の強みを知りたい」
「僕の強みですか……」
美味いハンバーグに感動している時に言われても涼聖はピンとこなかった。「これも食べなさい」と牡丹は気を遣うように涼聖の世話を焼いた。

晩飯を済ませると、涼聖だけ残らされた。キッチンでは美男子(人型の式)が食器を洗っている。
「本人だったとしても、式を自由自在に動かせるのなら便利がいいわ。あとは、攻撃と防御ね。攻撃は斗樹央がすごいのできるから任せなさい」
形から入るのか、牡丹は眼鏡をかけた。涼聖はノートとペンを支給されてメモさせられている。雰囲気が大切らしい。
「……それも呪術ですか?」
「祓い給え~の祝詞をアレンジできるようにしたり、斗樹央に呪を描いてもらったりね。涼ちゃんは神様が主だけど、今は斗樹央が借りてることになっているの。妖力が少し出たでしょ?」
「あぁ、はい。耳が出るっていいうことは、妖力が使えるんですね」
伝説の妖狐だといっても狐。何か通じるものがあると斗樹央に言われて、牡丹が呪術や妖力について教えてくれることになった。斗樹央、友伸、華は会議だという。会議……何の会議だろう。戦闘の会議とか……。涼聖は戦闘という義務になってしまった事情にまだ気持ちが付いていっていない。
「夜までに何かできるようになろうね」
「……何で夜までにですか?」
涼聖が聞いても牡丹は無視して話をすすめた。
「斗樹央の手の刺青は念の増幅なの。身体にもいくつかそういう呪が完成しているわ。涼ちゃんは刺青なんてしちゃったら神様が怒るかもしれないでしょ。即席に描いてもらおうね」
「神様は怒りますか?」
「封印っていうのが気になるところだけど、逆に封印されるくらい涼ちゃんが強かったんじゃないかって斗樹央は見ているの。封印も強力で四年も妖力が使えないようになってたでしょ。自分で抑え込めるならもう少し引き出してもらったらいいわ」
「牡丹さんも妖力を使えるようにしてもらってるんですか?」
「私のは少し違うのよ。封印の亀裂を構築し直す封印術なんだけど、わざと少し引き出しちゃったのよ。契約と悪さをしないっていう呪がかかっているの。だって全部の妖力があったら日本くらいなら潰しちゃえるもの、私」
そりゃそうだ。天下の大妖怪、九尾の狐だから。涼聖のような一介の狐が易々と会話できることがおかしい。
「契約ですか。僕もそんな感じだと思うんですけど」
「眷属っていうのはある種の契約だよね。でも封印は話が別。神様とめちゃくちゃ仲が悪かったら滅せられてるよ。だから、涼ちゃんの主は神様なんだよ」
「まぁ、だいたいは理解しました。たぶん……」
「じゃあ、まず、妖力の出し方なんだけど……」
涼聖は何度も耳と尻尾を出した。牡丹に「もうパンツは脱ぎなさい」と服を引っ張られて半泣きで断りながら妖力の調整をした。コーヒーを飲みにリビングへ来た斗樹央と華に笑われて、友伸はまた買い物に出かけた。
最終的に、涼聖の服は上下スウェット姿になった。斗樹央の大きめのスウェットなら尻は破れないから。
「これで帰るん嫌なんですけど」
白狐でも普段は人気アパレルショップの店員だ。ダボダボしているスウェットで外を歩くのが嫌だった。
「文句言うな。とりあえず、飯やな。華、なんか適当に背ぇ伸ばしとけ」
斗樹央がそう言うと華は本棚にあった雑誌を見て、別人の美女になった。人の顔を借りるのはいいのか涼聖は疑問に思ったが、皆何も思わないようだった。
「行こか」
外に食べに行くらしい。涼聖はスウェットのまま出かけた。