翌日の午前五時半。
斗樹央は店の神棚の前に脚立を置いた。榊や酒を供えるだけなら脚立のいらない身長だ。脚立に上ってハンディモップで埃を払い、一つ一つを確認する。社の裏にそれはあった。中を確認すると水晶の勾玉だ。気を付けて中に戻し、社も元に戻す。
――――思ってた以上に大物か。
斗樹央の見立てでは水晶には何かが宿っていた。
普通の人には見えず、それが公にはされることはない。でも、斗樹央はそれを知っていた。
いつもの通りに水、米、塩を供える。今日は榊と酒も供えて柏手を打った。
七時。
店のシャッターを全部開けて開店する。いつもの常連客も、近所のお年寄りも来店する。コーヒー一杯の値段で厚切りのトーストに玉子やミニサラダが付くモーニングセットは十一時までのサービスだ。
「いらっしゃい」
「昨日の涼聖くんの探しものは見つかったんか?」
横溝のオヤジに言われて「あぁ、あったわ」と言っておく。天下の警察官の横溝に、いつまでも「無い」で済ませられないことは斗樹央もわかっていた。
「そりゃ良かったな」
コーヒーと一緒にトーストと玉子を横溝の前に置く。朝刊を読みながら毎朝モーニングセットを美味そうに食う。嫁さんに逃げられたと言うが、案外気楽な生き方だ。
『TIME』の朝はいつも忙しないが、お客はのんびりとコーヒーを飲んでいる。満席になる九時頃にはサラダは売り切れ、追加で卵を茹でる。
十一時少し前。涼聖が来店した。
「いらっしゃい」
「何時までですか?」
「ココアがいいか? コーヒーか?」
俯いてココアだと言う涼聖の前に、ガラスの器に入れた玉子を置く。それをじっと見ている涼聖の目の前には三角形に切られたトーストも置かれた。
「十一時までのサービスや。食え」
生クリームをたっぷり乗せたココアも置かれる。
「サービス……」
「コーヒー一杯の値段でトーストと玉子かサラダが付くんや。サラダはもう売り切れたからな」
生卵の要領で割ろうとした涼聖に「茹でてるで」と言い、帰っていくお客の会計をする。何を思ったのか、涼聖はソファ席の皿やカップを斗樹央の前に持ってきてくれた。これ幸いと布巾とトレンチを手渡し、他の皿も運んでもらおうとした。涼聖はちゃんとテーブルを拭きに戻った。斗樹央は十一時ギリギリに来店したお客にもモーニングセットを出して、店の看板を中に入れた。
「お客さんが多くてびっくりしました」
「朝は、な」
涼聖以外のお客が帰ったとき、斗樹央は涼聖の目の前に黄色の袋を置いた。
「どこにあったんですか?」
「神棚の裏や」
店の神棚を指差して、斗樹央はまたカップを洗っている。
「……中を見ましたか?」
「狐やな」
水晶の勾玉には何かが宿っていた。水晶は憑代で、かなり高位の術者が妖を封印したものだ。
「はい。狐です」
涼聖は驚いたが、正直に言う。どうして狐の妖が宿っていることがわかるのか。
「ホンマな。どんな中二病やねんて」
斗樹央は鼻で笑ったが「ちゅうにびょうって何ですか?」と涼聖は聞いた。
「現実を見んと現実を受け入れないで摩訶不思議に没頭することや」
「没頭? 現実です。これは僕の憑代やから」
涼聖は袋から水晶を取り出し、それを服の袖で拭った。またそっと大切そうに袋に入れる。これが割れるとここに存在しなくなるかもしれない、とばあちゃんに言われた。大切なものだから『TIME』のマスターに預けたと言っていた。
斗樹央はさっとカップを布巾で拭いて棚に並べる。その流れでレジの売り上げを計算した。
「閉めるからシャッター下ろしてくれ」
涼聖は立ち上がり、言われた通りにシャッターを全部下ろした。
「あの、何で狐ってわかったんですか?」
不思議そうにしている涼聖に斗樹央はニヤリと笑って言う。
「今日も休みなんやろ? 別嬪な九尾に会わしたる」
「きゅうび……キュウビって、九尾の狐?! 妖やんか!!」
「作った飯は何でも美味いで。まさしく人の世を乱して喰いつくした妖狐やからな」
斗樹央は笑って「ココア代、五百円」と涼聖に代金を請求した。