「わかった」
そう答えた声は震えていたけどお母さんの顔にはパッと笑顔が満ちた。
「ありがとう!助かるわ。すぐに出るから支度して一階に降りてきて!」
勢いよくそう言い捨てて、お母さんは下に降りていった。
ドクドクと脈打つ体になんでもないと嘘をついてらタンスの中の服を探る。
久しぶりだ。
部屋着以外の服を着るのは。
そう思いながらも取り出したのは、黒いゆったりとしたシルエットのスウェットと、ジーパンという目立たないセットだ。
着替えてから、櫛を引き出しから取り出して、肩まである髪の毛を一つに後ろで結った。
最後に真っ黒のキャップを深くかぶって、斜めがけの小さなバッグとスマホを持って部屋を出た。
一階に降りると、すでにお母さんは玄関の前で私を待っていた。
靴を履くと、全身から嘘のように汗が噴き出したけど、ここでやめるわけにはいかない。
久しぶりに開ける玄関のドアは鉄でできているかのように重かった。
それでも飛び出した先の外は、当然だけどあの頃と何も変わっていなかった。
その時、
「あら、こんにちは〜」
近くから聞き覚えのある声が聞こえた。
身を硬くして恐る恐る声の先を探すと、隣の家の花壇の側にジョウロを持ったおばさんが立ってた。
隣の家の奥さんだ。
子供の頃は家族ぐるみでよく付き合ってた。
「莉子ちゃんよねえ?なんか久しぶりねえ。あら、今日学校は休み?」
悪意のないその言葉が私の心を容赦なく傷つける。
なんて答えればいい。
あの家の子供はもう成人してて家を出てるし、私の高校のことなんて知るはずないんだから、適当にそうですって答えてここから立ち去ればいい。
わかっているけどそれができない。
おばさんの顔を見つめたまま、動けなくなってしまった私を後ろにいたお母さんが隠すようにして前に立ち、愛想笑いで言った。
「こんにちは〜。実は今日はちょっと風邪ひいちゃって休んでるんです。今から病院に連れて行くんですよ〜」
「あらそうなの、それは大変。お大事にね」
そう言ってニッコリ笑ったおばさんにうまく笑いかえせたかどうかはわからない。
お母さんの愛車のピンクの軽自動車の助手席に乗り込むとすぐに車は発信した。
お母さんの車はいつもと同じように、昼のワイドショーが流れていた。
私は人一倍乗り物酔いがひどくて、車に乗って映像なんて見ようもんなら、あっという間に気分が悪くなってしまう。
仕方なく視線を窓の外に移し、耳だけワイドショーに傾けていた。
『〇〇県の女子高生が先月飛び降り自殺を図った件で…
突如、ドクンと胸が跳ね上がった。
飛び降り自殺、そのワードだけが抜き出され、私の頭の中でぐるぐると回る。
また誰かが私の先を越してしまった。
私の踏み出せない一歩を踏み出して、
私の変えられない壁を飛び越えて、
この世界を捨てて、逝ってしまった。
悔しくて、唇をそっと噛むと、パサパサと乾いた苦い味がした。
いつのまにか、車は駅前の道の脇に止められていた。
お母さんは自分の財布から千円札を二枚取り出して私に渡した。
「それで足りるわよね?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、帰り駅着く前に連絡して。迎えに来るから」
「わかった」
お母さんの言葉に急かされるようにして、私はドアを開けて道に足をつけた。
「それじゃあ、よろしく」
窓越しにそう言ってから、お母さんは猛スピードで走り去って、一瞬でその車の影は見えなくなった。
そう答えた声は震えていたけどお母さんの顔にはパッと笑顔が満ちた。
「ありがとう!助かるわ。すぐに出るから支度して一階に降りてきて!」
勢いよくそう言い捨てて、お母さんは下に降りていった。
ドクドクと脈打つ体になんでもないと嘘をついてらタンスの中の服を探る。
久しぶりだ。
部屋着以外の服を着るのは。
そう思いながらも取り出したのは、黒いゆったりとしたシルエットのスウェットと、ジーパンという目立たないセットだ。
着替えてから、櫛を引き出しから取り出して、肩まである髪の毛を一つに後ろで結った。
最後に真っ黒のキャップを深くかぶって、斜めがけの小さなバッグとスマホを持って部屋を出た。
一階に降りると、すでにお母さんは玄関の前で私を待っていた。
靴を履くと、全身から嘘のように汗が噴き出したけど、ここでやめるわけにはいかない。
久しぶりに開ける玄関のドアは鉄でできているかのように重かった。
それでも飛び出した先の外は、当然だけどあの頃と何も変わっていなかった。
その時、
「あら、こんにちは〜」
近くから聞き覚えのある声が聞こえた。
身を硬くして恐る恐る声の先を探すと、隣の家の花壇の側にジョウロを持ったおばさんが立ってた。
隣の家の奥さんだ。
子供の頃は家族ぐるみでよく付き合ってた。
「莉子ちゃんよねえ?なんか久しぶりねえ。あら、今日学校は休み?」
悪意のないその言葉が私の心を容赦なく傷つける。
なんて答えればいい。
あの家の子供はもう成人してて家を出てるし、私の高校のことなんて知るはずないんだから、適当にそうですって答えてここから立ち去ればいい。
わかっているけどそれができない。
おばさんの顔を見つめたまま、動けなくなってしまった私を後ろにいたお母さんが隠すようにして前に立ち、愛想笑いで言った。
「こんにちは〜。実は今日はちょっと風邪ひいちゃって休んでるんです。今から病院に連れて行くんですよ〜」
「あらそうなの、それは大変。お大事にね」
そう言ってニッコリ笑ったおばさんにうまく笑いかえせたかどうかはわからない。
お母さんの愛車のピンクの軽自動車の助手席に乗り込むとすぐに車は発信した。
お母さんの車はいつもと同じように、昼のワイドショーが流れていた。
私は人一倍乗り物酔いがひどくて、車に乗って映像なんて見ようもんなら、あっという間に気分が悪くなってしまう。
仕方なく視線を窓の外に移し、耳だけワイドショーに傾けていた。
『〇〇県の女子高生が先月飛び降り自殺を図った件で…
突如、ドクンと胸が跳ね上がった。
飛び降り自殺、そのワードだけが抜き出され、私の頭の中でぐるぐると回る。
また誰かが私の先を越してしまった。
私の踏み出せない一歩を踏み出して、
私の変えられない壁を飛び越えて、
この世界を捨てて、逝ってしまった。
悔しくて、唇をそっと噛むと、パサパサと乾いた苦い味がした。
いつのまにか、車は駅前の道の脇に止められていた。
お母さんは自分の財布から千円札を二枚取り出して私に渡した。
「それで足りるわよね?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、帰り駅着く前に連絡して。迎えに来るから」
「わかった」
お母さんの言葉に急かされるようにして、私はドアを開けて道に足をつけた。
「それじゃあ、よろしく」
窓越しにそう言ってから、お母さんは猛スピードで走り去って、一瞬でその車の影は見えなくなった。