スマホのアラームが耳元で鳴り出した。
なるべく音量を小さくして、クラシックのような落ち着いた音楽に設定しているけど、鳴り続ければ不快音でしかない。
布団から体を出すと、嫌でも今日が始まってしまう。
抵抗するように懸命に体を丸めて耳を塞ぐけど、私の周りの時間はもうすでに動き始めている。
世界は今日も変わらない。
それが嫌でたまらないのに、私はアラームの設定を止めることができない。
周りの世界に追いつけなくなってしまったのは理解しているのに、これ以上置いていかれたくなくてしがみついてる。
「莉子、朝よ。今日は学校行くの?」
音を聞きつけたのか、もはや日課として定着しているのか、いつもと同じ時間に部屋に入ってきたお母さんの声が聞こえて、のそりと起き上がる。
お母さんはすでに分厚いカーテンを開けていて、眩しい光が部屋に差し込んでいた。
まだ開ききらない目を擦りながらお母さんの顔を見ると、やめとけばいいのにまた昨日の朝と同じ返事をしてしまう。
「行く…」
そう小さく呟いたけど、お母さんは大して表情を変えることなかった。
「そう。じゃあ早く降りてきなさい」
それだけ言うと颯爽と部屋を出て一階に降りて行ってしまった。
それを追いかけるようにして、私はベッドからまず足を下ろした。
するとベッドに手が生えているかのように私の体は後ろに引っ張られる。
それを断ち切るようにして何とかベッドから立ち上がった。
廊下を歩き、一階に続く階段を一段ずつゆっくり降り始める。
だけど下に近づくにつれて、お腹の中にどんどん鉛のようなものが溜まっていくような気分になる。
朝ごはんも食べてないのに胃がキリキリして吐きたくなる。
足が誰かに握られたように動かなくなる。
大丈夫、大丈夫
自分を鼓舞しながら無理やり体を押し出すようにして残り数段を降りるけど、
やっぱり途中で座り込んでしまった。
行けない、これじゃ学校には行けない。
ここ最近、私はずっと下か後ろに引っ張られている。
「早くしなさい」
そう言いながらリビングの方から顔を出したお母さんがそんな私の姿を見て一瞬だけ冷たい目をしたのを私は見逃せない。
「行くの?行かないの?」
お腹をさする私を心配なんてもうしないお母さんは二択を迫ってきた。
答えはわかってるくせにこうやってお母さんはいつも私を追い込むんだ。
「…無理かもしれ」
「そう、じゃあ二階で寝ときなさい」
最後まで言い切ってもいないのに、もうこれ以上私を見たくないとでもいうように顔を引っ込めてしまった。
それは心配ではなく、諦めだった。
いや諦めというより呆れの方が合ってるかも。
まるでお腹の鉛が水分になってあがってきたかのように瞳が潤み、涙がゆっくりと頬を伝って落ちていった。
どうしてわかってくれないの。
本当にお腹はこうも痛いのに、痛くて痛くて苦しいのに、お母さん仮病としかきっと思っていない。
お母さんのくせに、親のくせに私のことを知ろうともしてくれない。
悔しさと怒りと悲しさで拳で地面を殴り付けたい気分になる。
でも少し時間が経てば、気づくんだ。
仕方ないかって。
朝の匂いがする慌ただしいリビングから逃げるようにして、お腹をさすりながら私は自分の部屋に戻った。
ベッドに横向きに寝転がり耳をすませば、下の階の会話が割とはっきり聞こえてくる。
聞かなくったってどんなこと言われているかくらい想像はつくのに、自分の耳で聞けば傷つくのに、今日も私は耳を澄ましてしまう。
「…今日もか」
「当たり前じゃない。もう行くタイミング失ってあの子もどうすればいいのかわかんないのよ」
「俺、不登校の姉ちゃんとか恥ずかしいなあ」
テンポよく弾む私の話にまた涙が溢れる。
みんなはどんな顔して私の話をしているんだろう。
鼻で笑ってるのかな、失望した表情かな?
お父さんが失望する理由もわかってる。
お母さんが呆れている理由もわかってる。
弟が恥ずかしがる気持ちも。
でも行けない。
学校には行けない。
「楽に死ねればいいのに」
小さく呟いた言葉は誰かが返事をくれることもなく宙に消えた。
私は不登校児だ。
なるべく音量を小さくして、クラシックのような落ち着いた音楽に設定しているけど、鳴り続ければ不快音でしかない。
布団から体を出すと、嫌でも今日が始まってしまう。
抵抗するように懸命に体を丸めて耳を塞ぐけど、私の周りの時間はもうすでに動き始めている。
世界は今日も変わらない。
それが嫌でたまらないのに、私はアラームの設定を止めることができない。
周りの世界に追いつけなくなってしまったのは理解しているのに、これ以上置いていかれたくなくてしがみついてる。
「莉子、朝よ。今日は学校行くの?」
音を聞きつけたのか、もはや日課として定着しているのか、いつもと同じ時間に部屋に入ってきたお母さんの声が聞こえて、のそりと起き上がる。
お母さんはすでに分厚いカーテンを開けていて、眩しい光が部屋に差し込んでいた。
まだ開ききらない目を擦りながらお母さんの顔を見ると、やめとけばいいのにまた昨日の朝と同じ返事をしてしまう。
「行く…」
そう小さく呟いたけど、お母さんは大して表情を変えることなかった。
「そう。じゃあ早く降りてきなさい」
それだけ言うと颯爽と部屋を出て一階に降りて行ってしまった。
それを追いかけるようにして、私はベッドからまず足を下ろした。
するとベッドに手が生えているかのように私の体は後ろに引っ張られる。
それを断ち切るようにして何とかベッドから立ち上がった。
廊下を歩き、一階に続く階段を一段ずつゆっくり降り始める。
だけど下に近づくにつれて、お腹の中にどんどん鉛のようなものが溜まっていくような気分になる。
朝ごはんも食べてないのに胃がキリキリして吐きたくなる。
足が誰かに握られたように動かなくなる。
大丈夫、大丈夫
自分を鼓舞しながら無理やり体を押し出すようにして残り数段を降りるけど、
やっぱり途中で座り込んでしまった。
行けない、これじゃ学校には行けない。
ここ最近、私はずっと下か後ろに引っ張られている。
「早くしなさい」
そう言いながらリビングの方から顔を出したお母さんがそんな私の姿を見て一瞬だけ冷たい目をしたのを私は見逃せない。
「行くの?行かないの?」
お腹をさする私を心配なんてもうしないお母さんは二択を迫ってきた。
答えはわかってるくせにこうやってお母さんはいつも私を追い込むんだ。
「…無理かもしれ」
「そう、じゃあ二階で寝ときなさい」
最後まで言い切ってもいないのに、もうこれ以上私を見たくないとでもいうように顔を引っ込めてしまった。
それは心配ではなく、諦めだった。
いや諦めというより呆れの方が合ってるかも。
まるでお腹の鉛が水分になってあがってきたかのように瞳が潤み、涙がゆっくりと頬を伝って落ちていった。
どうしてわかってくれないの。
本当にお腹はこうも痛いのに、痛くて痛くて苦しいのに、お母さん仮病としかきっと思っていない。
お母さんのくせに、親のくせに私のことを知ろうともしてくれない。
悔しさと怒りと悲しさで拳で地面を殴り付けたい気分になる。
でも少し時間が経てば、気づくんだ。
仕方ないかって。
朝の匂いがする慌ただしいリビングから逃げるようにして、お腹をさすりながら私は自分の部屋に戻った。
ベッドに横向きに寝転がり耳をすませば、下の階の会話が割とはっきり聞こえてくる。
聞かなくったってどんなこと言われているかくらい想像はつくのに、自分の耳で聞けば傷つくのに、今日も私は耳を澄ましてしまう。
「…今日もか」
「当たり前じゃない。もう行くタイミング失ってあの子もどうすればいいのかわかんないのよ」
「俺、不登校の姉ちゃんとか恥ずかしいなあ」
テンポよく弾む私の話にまた涙が溢れる。
みんなはどんな顔して私の話をしているんだろう。
鼻で笑ってるのかな、失望した表情かな?
お父さんが失望する理由もわかってる。
お母さんが呆れている理由もわかってる。
弟が恥ずかしがる気持ちも。
でも行けない。
学校には行けない。
「楽に死ねればいいのに」
小さく呟いた言葉は誰かが返事をくれることもなく宙に消えた。
私は不登校児だ。