柔らかなBGMとともに流れ出したのは、私たちの入学式だった。

真新しい制服に身を包み、緊張が顔に出ている生徒が多い。自分や友達が映ると、生徒たちが声を出して盛り上がる。


「うわ、黒髪じゃん! このときすっごい幼くない!?」
「未来、隣だったの!? 気づかなかった!」

その中には私の姿も見つけた。このときは緊張していて、誰とも会話をすることなく初日を終えた。積極的に話しかけることができなくて、采花と話すようになるまでは学校に来るのが憂鬱だったな。

入学式が終わると、次は一年生の体育祭。そして、文化祭の準備に追われている様子や当日にクラスTシャツを着て、気合を入れている光景。どれも懐かしくて、思い出が心に降り積もっていく。

二年生のときの夏に移り変わった。地域のお祭りでボランティア活動をすることになり、屋台をだすことになったときの映像だ。

地域のお祭りをどう活気づけるかという話し合いからはじまり、先生たちの知恵を借りながらリーダーの采花を中心に様々な企画を提案して思考した。

学校の文化祭で使っている屋台の道具などを調達したり、食べ物以外に子どもたちが楽しめる遊び企画もやろうと三ヶ月くらいかけて準備をしてきた思い出深いイベント。

準備の映像から当日の映像に切り替わる。


「いえーい!」と大きな声を出して、ピースサインをしているのは采花と瀬川くんだった。ふたりに腕を引っ張られて、私も恥ずかしがりながらピースをする。


懐かしい。このとき三人でかき氷を担当していた。
采花と瀬川くんが休憩の間にミックス味を作ると言って、どんな味を掛け合わせたら美味しいかと真剣に悩んでいた。けれど、かき氷シロップは香料が違うだけで、同じ味だよと教えるとふたりは目をまん丸くしてそんなはずないと騒ぎだしたのだ。

それを目撃した先生が遊ぶなと注意をしにきた。けれどシロップの件で興奮していたふたりは「悠理が変なこと言い出した!」と言って、私も巻き込まれて叱られたんだ。

結局先生も私と同じことを言っていて、ふたりはかき氷シロップが全て同じ味だと知ってショックを受けていた。思い出すと笑ってしまうくらい楽しい日だった。




そうだ。この日だ。


日がだんだんと沈み、提灯が夜に映える時間になってきた頃。
私はふたりとはぐれてしまった。生徒たちは町内の施設に荷物をまとめて預けており、その中に携帯電話を置いてきてしまったため、連絡も取れない。友達と楽しそうにしながらお祭りを満喫している生徒たちを見て、ひとりぼっちになってしまった私は行き場のない寂しさを感じていた。

ふたり以外に親しい人も少ないため、混ぜてもらえそうな人もいない。私は地味で口下手でクラスの中で存在感が薄い。卑屈になっているわけではなくて、目立つ存在ではないと昔から自覚していたのだ。それに目立ちたいわけではなかったので、存在感が薄くても構わなかった。

でも、こうしてひとりになったときに襲ってくる不安に心が押しつぶされそうになる。

もしかしたら誰も私を探していないかもしれない。いなくてもわからない存在かもしれない。そう思うと怖くて、虚しくて、はぐれただけなのに情けないほど弱気になってしまう。


露店が並んでいる道は人の通りが多くて揉みくちゃになる。この道を抜けて、人通りが少ない方へ避難しようと歩き出すと、後ろから腕を掴まれた。


「悠理!」

驚いて振り返ると、息を切らした瀬川くんがいた。


「よかった、見つけた」

目を見開き、呼吸が一瞬止まる。

瀬川くんの瞳は私を映し出していて、見つけたと言ったのは私に対してなのだと理解していく。けれど、この気持ちをなんて言葉にしていいのかわからずに戸惑う。

「ど、して……」
「急にいなくなったから焦った! まじで……もー、はぐれんなよ」

お祭りではぐれて、探してくれた。たったそれだけなのに泣きそうになってしまう。いてもいなくても同じだと、自分は誰かの特別にはなれないのだと思っていた。

それでも探してくれた人がいる。息を切らして、走ってきてくれた。

必要としてもらえているような気がして、胸のあたりが熱くなりぎゅっと切ない収縮をする。私の方が走ってきたのではないかというくらい心臓が速く動いている。

「……心配かけてごめんね。采花は?」
「采花は麻野たちと一緒に射的やってる。探しに行くって言い出したけど、采花の方が迷子になりかねないから俺が探しに来た」

掴まれた腕が熱い。私よりも瀬川くんの体温の方が高いからだろうか。

真っ赤な提灯に照らされた道をふたりで歩きながら、時折ぽつりぽつりと会話をしていく。腕は未だに掴まれたままだった。

「悠理は危なっかしいよな」
「気が付いたらみんないなくて……ごめんね」
「じゃー、せっかくだし、あれ食ってこうよ」

瀬川くんが指差した方向にはあんず飴の屋台。采花たちは射的を楽しんでいるから、俺たちもちょっとくらい寄り道しようと笑って提案してくれた。今思うとあれははぐれて迷惑をかけたと落ち込んだ私に気を遣って言ってくれたのかもしれない。

あんず飴を食べるのは小学生以来だった。水飴にコーティングされた甘酸っぱいスモモは疲れた体を癒してくれる。

「瀬川くん、食べきれる?」

クジを引いて出た数の分だけあんず飴が貰えるお店で、私はひとつだけだった。瀬川くんは三つ貰えて、左手にはモナカに乗ったあんず飴をふたつ。右手でもうひとつのあんず飴を持って食べていた。

「こんなことなら、先に俺が買って悠理にあげればよかったな」
「これはあれだね。采花にも分けようってことかも」
「悠理は優しいなー。しゃーない。采花にも分けるか」

采花と合流して、瀬川くんがあんず飴をひとつ渡すと目を輝かせながら喜んだ。

「やったー! あんず飴大好き!」
「お前見てると小学生に戻った気分になる」
「……ふたつもらってやる!」

瀬川くんの左手に乗ったふたつのあんず飴は采花によって回収されてしまった。

「お前なぁ!」
「代わりに瀬川には私が射的でゲットしたキャラメルをあげるよ」
「まー、いいけど。ひとつ食べたし」

少しして楽しげな音楽が流れ始めた。
私たちはお祭りの輪から外れて地域の人たちの盆踊りを眺める。みんな笑っていて、楽しそうだった。こういうのは初めてだった私は見てるだけなのに不思議とわくわくして心が躍った。

麻野くんがノリノリで混ざって踊っているのを見つけて、采花と未来ちゃんが声を上げて笑いだす。

「ちょっと、麻野下手すぎ!」

麻野くんは少し周りとズレていて、地域のおばさんたちに笑われながら教えられていた。

「私も混ざってこよっと!」
「あ、私も行くー!」

采花と未来ちゃんが盆踊りの輪に入っていく。いつもならノリノリで入っていきそうな瀬川くんが何故か輪には入らずに私の隣にいた。

「瀬川くんはいいの?」
「いいよ。悠理が迷子になるし」
「こ、ここにいるから大丈夫だよ! 私のことは気にしないで」

気を遣わせてしまっているのだと慌てて、行っていいよと伝えても瀬川くんは首を縦には振らなかった。

「瀬川くん、こういう賑やかなの好きでしょ?」
「たまには悠理のペースでまったりしたくなったんだよ。今日はたくさん働いたしなー」

優しい人だと知っていたけれど、改めてそう感じた。初めてできた男友達。それはかわりないはずなのに心臓が大きく脈を打ち、瀬川くんの笑顔が眩しく思える。

「悠理はもっとワガママ言っていいよ。疲れたら疲れたって素直に言えば、俺も采花も悠理に合わせるし」
「でも、それは……」
「人に合わせることも大事だけど、合わせてもらうことも大事だと思う。それに悠理はいつも俺らに合わせてくれてるだろ」

私がはぐれた原因が疲れて歩くのが遅くなってしまったことだと瀬川くんは気づいていたようだった。迷惑をかけてしまった申し訳なさもあるけれど、私のことをちゃんと見ていてくれたことに嬉しさがこみ上げてくる。

「これあげる」

先ほど采花から貰っていたキャラメルを一粒、私の手のひらに乗せた。それをぎゅっと握りしめて、笑顔になる。


「ありがとう、瀬川くん」


この日から私の中で瀬川くんは友達だけではなく、別の感情を持った存在になっていった。

三人でいるだけで幸せだったはずなのに、この気持ちは少しずつ膨れ上がっていってしまう。


だから、私はあの時————。