階段の方へ足を向けようとすると、ふと反対側から見覚えのある組み合わせがやってきた。

 紫色のベレー帽子が印象的なおばあさんと年老いた茶色の柴犬だ。名前はたしか『だい』。ここはお決まりの散歩コースらしく、何度かすれ違ったことがある。

 俺はつい体を強張らせた。というのも、いつもあの犬は俺を見かけると吠えてくるからだ。

 百合に対してはおとなしく頭を撫でさせるくせに、俺には挨拶と言わんばかりに凄みのあるひと声を浴びせてくる。もしかして……今日も吠えられるんだろうか。

「こんにちは、すっかり暖かくなったわね」

 おばあさんが百合になにげなく話しかける。

「そうですね。桜も咲きそうですし。今日もお散歩ですか?」

「ええ。あら? そういえば、あなたは――」

 そこで柴犬がやはり俺に向かって吠えた。ああ、目が合ったのは気のせいじゃなかったらしい。突然の出来事に百合は驚いた顔を見せる。

「やっぱり吠えられるんだな。もう条件反射になってんのか、こいつには」

 ここまでくると感心した声になる。おばあさんは申し訳なさげにリードを引っ張った。

「本当ね。いつもごめんなさい。ほら、だいちゃん。行くわよ」

 おばあさんと柴犬はさっさと行ってしまう。俺はついうしろを振り返って、ふたりを確認した。

 するとだいと視線が交わってしまったので、慌てて前を向く。色々な犬とすれ違ってきたけど、俺に向かって吠えてくるのは、あいつだけだった。

 百合は今、なにを考えているんだろうか。聞くこともできないまま階段を降りて、車も走る大通りに出る。

 ここから高校も公園も近い。辺りは学校区だった。幼稚園から小学校、中学校、高校まで多くの学校が密集している。