しばしの沈黙が流れ、さすがに不安になったのか間山孝太が百合を窺おうとする。すると今度は百合が微笑んだ。

「……次は、あのケーキ屋さんでレアチーズケーキを食べたい。美味しそうだったから。付き合ってくれる?」

 百合の返答に間山孝太郎は大きく目を見開く。そしてその目をすぐに細めた。

「もちろん。でもお前の場合、俺よりも先に女友達と行くんじゃないか?」

「でも、次に行ったときは孝太の奢りなんでしょ?」

 間山孝太はやれやれと肩をすくめた。でも顔はにやけている。名前で呼ばれたのが久しぶりだからか。何年ぶりかのふたりの軽快なやり取りが星空の下で交わされる。

 結局、お互いにはっきりしたことはなにも言えていない。

 けれど「暗くなってきたから」と、足元を気遣って間山孝太がなにげなく百合に手を差し出すと、おもむろに手は重ねられた。

 ぎこちなくもしっかりとふたりの手が繋がれる。

 これはおそらくまだ前途多難だな。でもいいか、間山孝太にはもう少し苦労してもらおう。

 ふっと気が抜けると、どうしてか急激に眠たくなってきた。

 百合、ありがとうな。たまには素直に、感情を出してみろよ。間山孝太ならきっと受け止めてくれるから。

 間山孝太、百合を頼んだぞ。奪うなんて自惚れるな。お前がなにかしたわけじゃない。百合がお前を選んだだけだ。

 俺とは決まった店にしか行けなかったから、色々な店に連れて行ってやってくれ。

 あと、唯一この姿になっても気づいていた『だい』にはよろしく伝えてほしいんだ。

 それから……俺は先に逝くけどお前らは当分こっちに来るなよ。寂しくなったら家でも公園でも散歩道でもなくて空を見ろ。ずっと見守っているから。

 俺はふと、遠くなる意識の中で三人で星を見たときのことを思い出す。

『シリウスっておおいぬ座を形成しているからドッグスターとも呼ばれてるんだ』

『じゃぁ、コウタの星だね』

 嬉しそうにこちらを見てくるふたりの顔がしっかりと目に焼き付いている。

 俺の星、か。

 シリウスの青白い光が夜に覆われつつある空で一際美しく輝いている。眠るにはちょうどいい暗さだ。

 大丈夫、もうなにも思い残すことも不安もない。幸せで満ち足りていくばかりだ。胸を張って言える。俺は世界一幸せな犬だったと。

Fin.