「そういえばさ、コウタと一緒に星を見たの、覚えてる?」

 心の中を読まれたのかというほどに絶妙なタイミングで百合が話を振ってきた。忘れるはずない、忘れるわけないだろ。

「ああ」

 思い出をなぞって、百合が宙に目線を滑らせていく。

「たしかシリウスだっけ? つくし山に見に行ったんだよね。理科の授業で河野先生に『太陽以外で地球から見える最も明るい星』だって言われて。意識して見てなかったけどせっかくだし一緒に見ようって」

 本当に百合の記憶力には舌を巻く。俺もゆっくりと首を動かし空を仰ぎ見る。

 明かりが徐々に落とされた空は星たちが存在を主張しはじめていた。 

「行ってみるか?」

「え?」

 突然の提案に、百合は目を瞬かせる。行き先は言うまでもない。

「たしか見えるのってこんくらいの時季だ。時間も悪くない。それに、あそこもコウタとの思い出の場所だろ?」

 俺にとっては懐かしさと痛みを伴う場所でもある。でも百合は行きたいかもしれない。いや行きたいんだ、きっと。

「……うん」

 その証拠に初めて今日、百合は申し出を拒否することなく素直に受け入れた。

 話が決まれば行動するだけだ。あのときと同じくシリウスを見るべくつくし山に登る。

 星を目当てにしているからか、一段ずつ上るたびに気分的に少しずつ空が近く感じる。

 俺はやっぱり百合が転ばないか不安で、足元をちらちらと窺ってしまう。

 手くらい差し出したらどうなんだ。心の中で叱責するも、それができていたら今こんな状況にはなっていない。

 結局、百合はあのときと同じでひとりで階段を上りきった。ローファーとはいえ履き慣れた靴だったのはよかった。

 安堵して百合を見れば、彼女の意識はすでに空に向けられている。