俺がいつも行くのは決まった店ばかりで、新しい店に行くことはほとんどない。

 というわけで、そんな俺としては、百合がいてもまったく不慣れで初めての店というのは冒険だった。

 百合は落としていた視線をいつの間にか上げて、目をぱちくりとさせている。

「そっちも初めてだったの?」

「なんだよ、驚くことか?」

 まさかそんなところを指摘してくるとは思いもしなかった。

 いやいや、どう見ても慣れていない感じだっただろ。百合の方がぱっとメニューを決めるのも早かったし。

「……男子で行きづらいなら、佐藤さんでも誘って行けばよかったのに」

 百合はやや小声で言葉を紡ぎ、足を止める。まだその話題を引きずっているらしい。もう事実は判明したし、どうでもいいことじゃないか?

 俺は内心で肩をすくめる。たしかに、付き合っていなくても仲のいい友達なら異性でもふたりでお茶をすることくらいおかしくない。

 現に百合とだってそうしたじゃないか。

 男同士だと行きづらいから、女子を誘って店に行くきっかけが欲しかった。今はタイミングがよく百合がいたから、それだけだ。

 必死に自分なりの理由を並び立ててみる。確認するにしては責める調子になり、俺は顔を歪める。

 ……それで、いいんだよな?

「違う」

 思いとは裏腹に、口から出た言葉は異なっていた。心の声を拒否するかのごとく、百合とは対照的にきっぱりとした声が響く。

 まさに頭で考えるよりも先に口が滑ったとでもいうか。なにが違うのか、はっきり言わないと百合にはきっと伝わらない。

「他の……佐藤とか、女子なら誰でもいいわけじゃない。百合だから誘ったんだ」

 思わぬ告白に百合は大きな目を白黒させている。遠くで部活に勤しむ声や、車が通る音など多くの雑音に包まれていた辺りが、一瞬だけ静まり返った。