「ねぇ、そろそろ行かない?」

 百合に声をかけられ時計を確認する。針だけで枠がない店の時計は、五時を過ぎを示していた。

 思ったよりも長居したようだ。カフェスペースも気づけば人数が減っている。

 奢ると言っていたのに、百合は宣言通り頑なに自分の分は支払った。そして会計を終えた後、ショーケースの中身をチェックするのも忘れない。

 どうやらこの店のケーキが気に入ったらしい。

 ドアを開けると、店員の「ありがとうございました」という声とドアベルの鳴る音が合わさって見送られる。

「少し寒くなってない?」

 百合はわずかに自分の腕をさすった。天気はいいが、高い位置にあった太陽はだいぶ低いところにいる。

 三寒四温の日々はとっくに過ぎ去り、春の気配をすっかり感じるようになった。しかし、朝晩はまだ冷える。

「昼間が暖かすぎなんだよな」

「この温度差が嫌だよね」

 とはいえ、ここで解散という話にもならない。どちらからともなく目的地の矢野公園の方向へ足を動かしはじめた。

「……あのさ、ありがとう、誘ってくれて。初めて行ったけど、美味しかった」

 不意打ちで呟かれた言葉に俺は百合を見る。百合は気恥ずかしそうに視線を落とし、わざとらしく両手を後ろで組んだ。目が合わせられないのが残念だ。

「ならよかった。俺もあの店、ちょっと気になってたんだよな。通学路でしょっちゅう前を通ってたし。かといって塚本とか誘っても男同士だと、寄りづらそうでさ。なんつーか、お客は女子がほとんどだし」

 偏見かもしれないが、ああいう店はどうも女子率が高く、男だけだと浮いてしまいそうな印象がある。

 もちろん男同士で行っても悪くはないんだろうけど、実際に足を運んでみても、お客やスタッフが女性ばかりなのを目の当りにしたら、なかなか勇気がいりそうだと痛感した。