俺たちの本格的なライヴデビューは、冬休み前の最後の登校日だった。長かったよな。ケンジがバンドを始めようと言ってから、二年半もかかったんだ。まぁ、その間に路上ライヴはいっぱいやったんだけどな。
 文化祭での屋上ライヴは、ある意味では成功で、ある意味では失敗だったな。俺たちの音は、町中どころか、学校中にも響かなかったんだ。屋上とその周辺だけで盛り上がった。機材の問題だよな。俺のイメージとしては、校舎が揺れるくらいの爆音で演奏するはずだったんだよ。まぁ、そいつは無理だよな。
 おかげさまというか、先生たちが騒ぎ出すのも遅かったよ。俺たちは予定通り、決めていた曲を演りきった。
 屋上は開放していた。けれど、全校生徒が集まるっていう感じじゃなかったよ。もっと大騒ぎになって欲しかったんだよな。学校をクビになるほどに。
 とは言っても、俺たちが起こした騒ぎを知らない者はいなかった。学校側からそれほど怒られなかったのには理由もあったしな。ナオミがってわけじゃない。見た目が体育教師の音楽教師が、私が許可をしたと言い出したんだ。なんでなのか、意味が分からない。俺は三年間、音楽の授業は選択していないからな。
 ああ見えて、繊細な男なんだよね。僕は好きだよ。バレたのがあの人でよかったよね。
 なんの話だ? 俺はヨシオの言葉に驚いたし、理解が出来なかった。バレたって、なにがバレたんだ? 俺がそんな風に騒ぎ立てたとき、みんなは冷静に笑っていた。なんだ? 俺だけが知らない秘密があるんだと気がついたよ。それは、文化祭の次の日、反省会と称してヨシオの家で集まっているときのことだ。
 タケシは馬鹿だからってさ、ケンジが言うなって。そう言ったのはケイコだった。
 あの状況でタケシに言っても意味なかったしね。カナエがそう言った。
 別に知らなくてもいいことだからな。タケシが知ったらきっと、やっぱりやめようかなんて言い出すかも知れないだろ? それもありだが、それはなしなんだよ。
 俺だけが除け者だったってわけだ。なにも知らずに楽しめたんだから、まぁそれもありっていえばありなんだけどな。
 当日の朝、長髪男が例のように屋上に来てタバコを吹かしていたらしい。俺たちの機材は、シートで隠してある。楽器の一部は放送室にも置いておいた。
 奴は馬鹿だから、普段はそこにないシートの存在になんか気がついていなかったよ。けれどな、馬鹿なのは俺たちも一緒だったってわけだ。俺たちはその機材を、屋上の影に隠したつもりだったんだが、そこはさ、音楽室のある場所からからは丸見えだったんだよ。まぁ、シートが乗せてあるから、そこになにがあるのかまでは分からないが、普段はない物があるっていうのはおかしいからな。先生はそれを、当日の朝に見つけたんだ。
 音楽室の奥の楽器置き場が、先生にとっての憩いの場だった。窓の外を見ると、見慣れないシートがある。確認しようとの責任感くらいそりゃああるよな。木札のついた鍵を持って、屋上へと向かった。
 屋上のドアが、ガチャっと開く。奴は馬鹿だから、先生に向かって、タケシもここが好きだよな。なんだかんだでよく来るよな。振り返りもせずにそう言ったそうだ。
 誰がタケシなんだ? こんな所でなにしている? ここは鍵がかかっていたはずだろ? 生徒は立ち入り禁止だぞ。
 その声にまず、奴は驚くよな。うわぁ! マジかよ・・・・ なんて固まっていたんだろうな。
 タバコか? そんなの身体に毒なだけだぞ!
 うるせぇ! 奴はそう言って、火のついたままのタバコを、火を向けて先生に投げつけた。
 熱っ! 投げられたタバコは見事に命中した。先生の額が、焼けた。
 慌てる先生の隙を見て、奴は逃げた。そんな状況で、待てぇの声に従う奴なんていないよな。
 全く、困った奴だな。そんなことを呟きながら、先生はシートの元へと向かっていく。そっと捲り、中身を確認する。ニヤッと頬を緩ませ、あいつらか・・・・ そう言ったんだ。
 そんなに文化祭に出たかったのか? 正直に言うが、お前たちはそのレベルじゃないんだけどな。
 先生は、放送室にやってきて、ヨシオに向かってそう言った。
 なんのことですか? ヨシオは素直にそう答える。本当に理解ができなかったんだよ。先生は合唱部とは別に、放送部の顧問も兼任していたんだ。俺は全く知らなかったけれどな。放送部はいつも、好き勝手に音楽をかけたり、喋ったりしていた。そこに先生たちの影はまるで見えなかったよ。
 この前私に見せてくれた電子オルガン、あれは今どこにあるんだ? 答えられないなら、あれは音楽室に寄贈しよう。
 どうして・・・・ ヨシオは一瞬沈黙をしたが、本当のことを話してしまった。
 そういうことか。まぁ、お前たちらしいやり方だな。本当に演るのか?
 うん・・・・ どうしても今日、聞いて欲しい人がいるんだよね。本当に来るのかは分からないけどさ。なんせ伝言ゲームのように聞いた話だからさ。
 ヨシオはそう言ったが、それが誰なのか、先生には言わなかったようだ。それでも先生は、納得してくれたんだけどな。だったらやればいいさ。私が許可をしたと言っといてやるとね。
 俺たちを見にきていたのは、あの人だってさ。本当なのか? あの人が来れば、学校中大騒ぎになるだろ? まぁ、似たような人を見かけたって噂は実際あったみたいだし、俺は直接本人の口から見に行ったとの言葉を後に聞いている。それからもう一人、ナオミの知り合いも来ていたそうだ。ナオミの知り合いが、あの人を呼んだってわけだ。ナオミの知り合いは、あの人のバックバンドでドラムを叩いている。
 ヨシオはケンジと一緒に、そのことを聞き屋から聞いていた。聞き屋のところに、ナオミの知り合いが顔を出したそうだよ。どうして俺に言わなかったのか? 理由を聞いても納得は出来ないよな。今でも俺は、多少なりとも怒っている。まぁ、多少なりともはだ。
 それにしても不思議なのは、あの先生だよ。ヨシオとの繋がりがあったからといって、俺たちに好き放題させながら守ってくれた。嬉しいことだが、意味は分からないよな。ヨシオが言うにはだが、先生は何度か俺たちの路上ライヴを見かけていたらしい。本気でなにかを楽しんでいる奴は凄いんだ。なんてケンジが言いそうな言葉を放ったんだとさ。同じ音楽家として、応援したいとも言ったようだ。面白い先生だよな。もっと早く仲良くなりたかったもんだよ。音楽の授業だって、先生の元なら楽しかったのかも知れない。なんて俺が言ったら、授業は最低だよと、ケイコとカナエが声を揃えた。どんなに最低なのか、詳しくは聞かなかったが、退屈で眠たくなるんだとさ。音楽の授業だって言うのに、講釈ばかりで、曲を聞かせてくれないらしいんだ。それ以上は聞きたくないなと、俺から詳しい説明を拒んだよ。ケイコとカナエが先生に対する不満を俺にぶつけようとしていたのが見え見えだったからな。
 俺たちのライヴは、その時点ですでに決定していた。ケンジさえ知らなかった。あの人が勝手にスケジュールを押さえてくれたんだ。元々はあの人がシークレットライヴ用に仮押さえをしていたらしい。それをちょうどいいじゃんかと、譲ってくれた。
 大量にチケットを渡され、好きにしていいぞと言われた。どういう意味だが困惑していると、あの人はこう言った。とりあえずここには千三百人入ることができる。残りは大人たちが捌いてくれるから心配するな。会場代もいらないとさ。ただし、ギャラはそのチケット三百枚だけだ。好きなように使えばいい。定価で売るのもいいし、タダでくれてやってもいい。自由だよ。まぁ、お前らなら簡単に捌けるんじゃないか? 駅前で歌えばいいだけだ。
 ナオミからの呼び出しで、俺たちはあの人に会うため、チッタに向かった。その日はあの人のライヴがあり、俺たちはそこに招待されたんだ。聞き屋も一緒に来るはずだったんだが、急な仕事で来られなくなった。残念だよな。最高のライヴだったのにさ。
 あの人はそこで、俺たちの宣伝をしてくれた。絶対に損はないから見にこいよなと言っていた。そして公演後、チケットは一気に数百枚売れたんだ。どうなっているんだこの世の中は? そんなことを感じたよ。
 お前たちのおかげで俺はお咎めなしだ。感謝するってことに決めたよ。
 長髪男はいつものように屋上へと俺を誘い、タバコを吸った。
 ここはもう危険だろ? 他を探したらどうだ?
 それは違うぞ。ここは今、これまで以上に安全なんだよ。お前たちが合鍵を作っていたからな。俺がもう一つ持っているとは夢にも思っていないだろ? 俺はたまたま通りがかり、鍵が開いていた屋上でタバコを吸っていただけだ。どういうわけかあの先公、俺がタバコを吸っていたことは誰にも言わなかったんだけどな。案外、いい奴なのかも。キモいけど。
 なんて言って奴は笑っていたが、俺は真相を知っているんだ。あの日の夕方、あいつは先生の前で涙ながらに謝っていた。土下座までしてな。どうしてそんなことをするのか理解出来ないが、奴はこの高校じゃ珍しい就職組だからな。内定を貰っていたようだし、取り消されたくはなかったんだよ、きっと。
 チケットは売れてるのか? いきなりあんな馬鹿デカイとこでやるなんて、正気じゃないよな。俺にも一枚分けてくれよ。どうせ余ってるんだろ?
 余っちゃいるが、嫌なら来るなよ。俺たちはさ、楽しいことをしたいだけなんだ。それ以外には興味ないね。俺はそう言いながらも、内ポケットから取り出したチケットを一枚、奴に渡した。
 金なら払わねぇからな。奴はそう言った。
 どうでもいいんだよ、金なんて。俺たちはさ、やっとスタートラインに立つんだ。それだけで今は、嬉しいんだよ。
 なんだ、それ? もう満足しちまったってのか? いいよな、お前たちは気楽でよ。
 満足ねぇ。そんなものが出来るんなら、音楽なんてしねぇだろ? まぁ、気楽って言やぁ気楽だけどな。音楽のことだけを考えているって、楽しいからな。
 羨ましいこったな。奴はなんだか寂しげにそう言ったよ。きっとだが、奴は本気で俺たちと仲良くしたかったんだ。まぁ、それなりには付き合っていたが、あくまでも同級生なんだよな。仲間ではあっても、家族にはなれないんだ。ただの友達だよ。知り合いとも呼べるな。
 聞いたんだけどさ、お前最近、おかしな連中と付き合っているんだろ? 就職決まってんなら、気をつけた方がいいんじゃないのか?
 奴はまだ、俺たちを恨んでいたんだ。懲りもせずにナオミの名前を使って、俺たちのライヴを中止に追い込もうと画策している。チッタにも直接抗議したらしいからな。まぁ、相手にはされていないんだが。
 就職なんてやめてもいいんだよ。知ってるか? 俺が今つるんでる奴らさ、ヤクザなんだぜ。俺が頼めばお前らのライヴなんて簡単に潰せるんだよ。
 嘘つけよ。あれはただのチンピラだろ?
 ふっ、そういう言い方もできるよな。もっともヤクザもチンピラも同じだからな。俺もああなっちまうのかな?
 お前なんかあったのか?
 あったような、かなったような、よく分からねぇんだよ。とにかくさ、お前らのライヴには行ってやるよ。楽しませてくれるんだろ?
 長髪男の言葉は気になったが、俺は詮索なんてしなかった。大丈夫だって信じていたからな。奴は馬鹿だが、奴にはナオミがついている。あの二人はさ、なんだかんだで仲がいい。たまにだが、本当に付き合っているのかって感じることもあったほどだよ。まぁ、実際にはそんなこと有り得ないんだがな。
 もうすぐ卒業なんだよな。あっという間だな。
 何言ってんだよ。まだ三ヶ月もあるんだぜ。
 あっという間だよ、本当に。
 確かに奴の言う通り、三ヶ月なんてあっという間だよな。なんせこの三年間があっという間だったんだから。
 結果として、俺たちの初ライヴは大成功だった。まぁ、当然だよな。あの人のお膳立てがあったんだから。
 けれどまぁ、ちょっとした事件はつきものなんだ。チケットは完売だった。俺たちは頂いた三百枚を最初は六十枚ずつ分けたんだが、横浜駅前で路上ライヴをしたら、その場で半分売れてしまったよ。残りがノルマってわけだが、家族や友達に配り、気がつけば残りは二枚だ。一枚は長髪男にあげたが、最後の一枚がどうしても渡せなかったんだ。
 ユウキはちょっとばかり遠くの高校に通っていた。どういうわけか女子サッカーにはまってしまったんだよ。女子サッカー部のある学校なんて少ないからな、しかもユウキは強豪校を望んでいた。少しくらい遠くても問題はなかった。まぁ、ユウキにとってはだ。俺にとっては大問題だよ。付き合っているわけじゃないが、会えない時間が多いと辛いんだ。ほんの少しでも顔を見れていた中学時代が懐かしい。
 ユウキは部活に大忙しで、俺はバイトとバンドで忙しかった。けれど俺は、連絡だけは取り続け、月に一度は顔を合わせていたんだよ。
 奴はそのことを知っていたんだ。けれどまぁ、直接奴が悪いわけじゃないんだが、見返りも受けているし、その後の行動には感謝もしている。しかし、きっかけを作ったのはあいつなんだ。全く面倒な奴だよ。
 奴っていうのはご存知の長髪男なんだが、俺がユウキと一緒にいる姿を、二年前から見ていて、その関係性も知っていたそうだ。誰に聞いたのかは知らないがな。まぁ、隠してもいなかったから、知っている誰かがいても不思議じゃないんだよ。
 奴が付き合いを始めていた連中は、諦めが悪かった。というか、奴の行動を勘違いして近づいてきたんだよ。ナオミの名前を使ってライヴハウスや音楽スタジオでなにやら文句を言っている奴の姿は、はたから見ればただの脅しだよな。理不尽に暴れているようにしか見えないよな。しかも奴は、堂々とナオミの父親の名前まで叫んでいたんだ。チンピラからすれば、金儲けのチャンスに感じられたんだろうな。
 チンピラなんて、所詮はチンピラで、少しも役には立たなかったんだけどな。長髪男から聞いた情報でナオミの父親関係を脅そうとしたが、格が違う。相手になんてされず、長髪男を痛めつけての腹いせが精一杯だったようだ。奴はたまに、顔に痣をつけていたが、そういう理由だったんだ。本人は電柱にぶつかったとかわけのわからないことを言っていたけれどな。奴もバイトをしていたようだが、そのほとんどを巻き上げられていたことも後で知ったよ。
 俺たちの初ライヴを潰したかったのは、長髪男じゃなく、チンピラたちだったんだ。金が手に入らないなら、結局は腹いせにってことなんだよ。まぁ、俺たちからチケットを巻き上げる計画もあったようだが、聞き屋が事前に阻止していたらしい。聞き屋はさ、あれでも情報には強いからな。
 けれどまさか、ユウキを狙うとは誰も予想していなかった。
 ライヴの前日、俺はユウキと待ち合わせをした。チケットを渡そうとしたんだよ。しかしその日、時間になってもユウキは来なかった。連絡をしても繋がらない。急な用事なのか? 振られたのか? いい気分ではなかったが、俺は馬鹿だから、家に帰ってしまったんだ。
 夜中に突然、ケンジが家にやってきた。物凄く慌てた様子で、うちの両親は怒ることもできずに某然としていた。時刻は十二時を過ぎていたのにな。
 乱暴なチャイムの音と、その後の騒めき、部屋のドアを叩く音。俺は目を覚ました。しかし、目の前のケンジを見ても、なにを言えばいいのか分からなかった。どうしたんだ? くらいは普通言うよな。けれど俺は、おはようなんて言いながら目をこすったんだよ。
 とにかく来いと腕を引っ張られ、俺は寝間着姿で外に出た。両親にはケンジから声をかけていた。ちょっと急用なんで借りていきます。なんて言ってたよ。
 家の前には一台のバイクが止まっていた。二人乗りができる原チャリだ。ケンジにヘルメットを渡され、俺は後ろに座った。
 このバイク、どうしたんだ! 走り出した後、俺は叫んだ。
 聞き屋に借りたんだよ! 俺は免許もないから、捕まったら大変だな! ケンジは真剣に、乱暴な運転をしている。捕まるかもとの覚悟を俺はしていたが、警察は案外と仕事をサボるから助かるよ。俺たちは一台のパトカーとすれ違ったが、見向きもされなかった。まぁ、スピードは出ていたが許容範囲だったしな。ヘルメットもかぶっていた。無免許運転だってことは、外側からは分からないんだよな。どんなに下手くそな運転だとしても。
 俺とケンジは横浜駅前のいつもの場所に向かった。バイクはちょっと離れた映画館の脇に止めたよ。そこがそのバイクの定位置らしかったからな。
 走って辿り着いた俺たちを待っていたのは、ヨシオとカナエだった。二人は聞き屋の定位置に腰を下ろしていた。
 どんな感じだ? 息を切らせながらケンジがそう聞いた。
 ユウキなら無事だってさっき聞き屋が言いに来たよ。無事見つかって、今はもう家に帰ったよ。
 なにがどういうことか分からず俺は、そんなことを言うヨシオに掴みかかった。ちゃんと説明しろ! そう言いながら思いっきり揺さぶったため、ヨシオの頭が壁にぶつかった。
 痛いって・・・・ ヨシオは冷静だったよ。俺の目を見て、こう言ったんだ。なにも問題なかった。明日みんなで会いに行こう。ユウキは、タケシのことを心配していたよ。ごめんなさいだってさ。
 なにがだよ! 俺はそう叫び、ヨシオの胸ぐらから手を離した。
 お前たち今日、デートだったんだろ? 待ち合わせに来なかったのに帰ったのか? ケンジがそう言った。
 俺たちはいつもそうなんだよ。ユウキは忙しいからな。遅くまで練習して待ち合わせに間に合わなくなることはしょっちゅうだよ。一時間くらいなら待つけど、それ以上は先に帰るって約束になっているんだ。ユウキはもうすぐ大事な試合があるからな。俺たちにとっては、普通だったんだよ。くそっ! だからなんなんだよ! 誰かに襲われたのか? なんのためにだよ! 誰がやったんだよ!
 俺の叫び声に、街は無反応だった。平日の真夜中なんて、静かなもんだ。俺がいくら叫んでも、誰にもその声はぶつからない。
 ユウキを襲おうとしたのは、その辺のチンピラだよ。お前も知ってるだろ? ユウキを襲ってお前から金でも脅し取るつもりだったんじゃないか? なんだか随分と勘違いの多い奴らのようだがな。
 それでそいつらはどこだよ! 捕まえたのか? 警察になんて引き渡すなよな。俺は本気でそいつらを殺してやるつもりでそう言った。まぁ、殺さずとも、引き裂くくらいはしていただろうな。
 聞き屋が追いかけているってことは、すぐに捕まるさ。俺たちはここで待っていればいい。っていうか、帰ってもいいんだけどな。困ったことにさ、ケイコが聞き屋について行っちまったんだ。待たないわけにはいかないだろ?
 なんであいつが? 当然の疑問だよな。
 奴が関わっているからだな。きっと。ケンジはそう言ったが、意味は分からなかった。
 俺は一秒でも早くユウキと連絡を取りたかったんだが、やめておけと言われたよ。疲れて眠っているはずたとな。
 そう言えばだけど、明日のお昼にいつもの場所で待ってるとかなんとか言ってたよね。ニヤニヤしながらヨシオがそう言った。
 本当か? なんでもっと早く言わないんだよ! 当然の怒りだ。殴ってやろうかとも一瞬は思ったが、嬉しくてそんなことできるはずもない。
 なんで言っちゃうんだよ。なんてケンジが言っても、俺は少しも気にならない。
 夜が明けた頃、聞き屋が一人で戻ってきた。
 ケイコはどうしたの? カナエがそう聞いた。みんなはケイコを待っていたわけで、聞き屋を待っていたわけじゃなかったんだ。
 今送ってきたところだ。お前たちも早く帰れよ。今日は大事な日なんだろ?
 なんの説明もなしかよ! 俺がそう叫んだ。俺はまだ、事の真相を知らなかったからな。俺だけが、だな。
 問題はほぼ解決だよ。後はあいつがどうするかだな。大丈夫だろ? きっと全て上手くいくはずだから。とりあえずもう帰れ。始発ならとっくに動いている。
 そうするか。なんてケンジが言い、ヨシオとカナエが立ち上がる。俺は納得のいかないまま、三人の後を少し離れてついて行った。そしてそれぞれの家に帰っていった。
 眠気なんてどこかにいってしまった俺は、部屋でひたすらベースを弾いていた。眠らずにじっとしていると、余計なことばかり考えてしまうからな。
 どんな日であっても、俺たちの朝は変わらない。駅前で集まって、学校へ向かうんだ。そこにはちゃんと、ケイコの姿もあったよ。
 昨日はごめんね。と、ケイコが言った。ユウキが元気でよかったね。と、俺に向けて言った。俺は、まだなにも知らないでいたから、その言葉に反応出来なかった。なにがごめんで、なにがどうよかったのかが分からない。
 学校に着くと俺は、真っ直ぐに屋上へと向かった。鍵がかかっていない確信はあったよ。俺を待っているんじゃないかって予感があったからな。
 ドアはやはり、ガッチャっと開いた。
 俺は別に謝らないからな。振り返りもせずに、奴はそう言った。
 一体なんのことなんだよ! 誰も俺には真実を教えてくれない。お前がユウキを襲ったわけじゃないだろ?
 ・・・・そうだよ。まぁ、けじめはつける。俺にだってプライドはあるんだ。お前はさ、今日のライヴを成功させろよな。俺も必ず見に行くからさ。
 奴はずっと、俺に背を向けたままでそう言ったよ。俺は奴の隣に並ぶことなく、引き返していった。