ナオミさ、ちょっと待てよ! お前じゃないっていうのは信じるよ。けどな、お前は誰がやったか知ってるよな。それだけでも、教えていけよ。
 あんたにお前なんて呼ばれたくないわよ! 立ち止まったナオミはそう言いながら振り返り、俺の頭を引っ叩いた。手に持っていたカバンでな。
 本当は物凄く痛かったが、俺はそんな素振りも見せず、真っ直ぐにナオミを見つめた。
 あいつか? けれどあんな奴になにができるっていうんだ? あれはただの器だろ?
 なによそれ? そんなんじゃ誰のこと言ってるのか分からないわよ。
 ナオミの恋人を気取ってる奴のことだよ。最近仲いいんだろ?
 俺は奴の名前を知らないんだ。だからなんて呼んだらいいのか分からない。もっとも、知りたくはない。奴は中身のない器だ。そんな奴の名前を記憶するほど、俺の脳みそは大きくないんだ。まぁ、立派な器も存在するが、奴は違う。大量生産のプラスティック製なんだよな。使い心地も悪くはない。見た目だってそこそこだ。けれど、どうにも味気がない。要するに、つまらない奴だってことだ。それでも俺は嫌いじゃないんだぜ。それなりにだが、好きなんだよな。ああいう奴も。プラスティック製の器も意外と使い勝手良くて役に立つ時がある。
 あいつが恋人なわけないでしょ!
 じゃあなんなんだよ! あいつが俺たちの邪魔をする理由はなんなんだよ!
 そんなの知らないわよ。私は別に、なにも頼んでないし、正直本当にあいつなのかも分からないのよ。けれど・・・・ あいつしかいない。
 そうか・・・・ 後は俺が聞いとくよ。まぁ、なんにせよ悪かったな。ナオミを疑ったのは俺なんだ。本当にごめん。俺はそう言いながら、きちんと頭を下げたよ。
 もういいよ。そんなこと、どうでもいいんだ。去年の文化祭は私のせいだし、正直言ってね、苦しんでいるあんたたち見てざまぁみろって気持ちも少しはあったしね。ただ・・・・ あんたたちってさ、そんなことほとんど気にしていなかったじゃない。この前の路上ライヴ、見に行ってたんだけど、凄く楽しかったよ。あいつがどんなに邪魔をしたって、あんたたちなら大丈夫だよ。
 そうは言ってもな、路上だけじゃ満足できないんだよな。もっと大勢に聞かせたい。なんせ、俺たち以外がそれを望んでいるんだ。
 だったらさ、屋上でやったら? なんてね。冗談だよ。ナオミはそう言って舌を出した。やっぱり可愛い女だと思ったよ。
 ついでに聞きたいんだけど、ケンジとは仲直りしないのか? っていうか、なんでそんなに避けてるんだよ。なにかあったんならさ、教えてくれよ。
 あんたってさ、優しいんだけど、馬鹿だよね? ケンジ君とはもうなにもないよ。ただ、ハッキリしないからイラついているだけ。
 まぁ、そういうことにしておくか。でさ、あの長髪男はなんで俺たちに嫌がらせをするんだ? お前のことが好きだからか?
 冗談やめてよ! あいつはただの友達だって。ケンジ君と仲いいって聞いたから、ちょっとした相談をしたのよ。そしたらあいつ、勘違いして・・・・
 俺はナオミに、分かったよ。そう言い残し、その場を去って行った。向かう先は決まっている。この時間ならきっと、あそこにいるはずだ。俺は真っ直ぐ、屋上に向かった。鍵はかかっていないとの予感はしていた。あいつはだんだんと、ズボラになっている。まぁ、先生の行動パターンが読めているからっていうのもあるが、他の生徒にバレると厄介だろ? って俺は何度か言ったんだが、奴はついつい忘れちまうんだよな、なんて言うんだ。面倒臭いとも付け加えてな。