俺が到着すると、すでにケンジたちは準備を始めていた。俺は用事があってギリギリになるかもとは言っておいたが、どこへ行くとかは言わなかった。言う必要もなかった。特に、ユリちゃんを見かけたなんて言えないよな。
 なんか今日はいつもと雰囲気が違わないか? ひょっとしてだけどさ・・・・
 やっぱりそう思うよな。まぁ、いいんじゃないか? 俺たちは別に、普段通りだ。ケンジはそう言った。
 その時間には珍しく、酔っ払い以外の観客も多く見受けられた。最初は待ち合わせか? とも思ったが、どうやら違う。俺たちが目当だったようなんだ。そこに立ち止まっていた視線の全てが、俺たちに向けられていた。しかも、俺が来たことで、ソワソワし始めている。メンバーが揃ったことを知ったのだろう。
 始めて外で演奏したときには感じなかった緊張があった。注目をされる中での演奏は、初めてだったからだ。こういう緊張感が、俺は好きだ。できることならずっと、その状態でいたいと思っている。俺は馬鹿なのかも知れないな、やっぱり。
 しかしその緊張感は、演奏が始まると消えてしまうんだ。それはそれでいいことだよな。俺たちは楽しく、演奏をした。横浜駅の西口は大いに盛り上がっていた。曲が始まれば拍手が起こり、終わっても起こる。曲間に声が上がることもある。しかしまだまだ足りない。俺たちはただただ楽しくその夜を終えたんだ。
 今日はどうだった? 片付けを済ませた俺たちに、聞き屋が聞いてきた。
 どうなんだろうな? 正直、これじゃあダメだって思ったよ。ケンジのその言葉に、みんなが頷いた。その様子を見て、聞き屋は笑う。
 お前らはやっぱり面白いな。そう思えたんなら、問題ないか。明日からも頑張れよな。
 それがどういう意味かは、よく分からなかった。俺たちに分かっていたことは一つだ。明日もまた、楽しくならなくっちゃいけないってことだ。その日だって悪くはなかった。けれど俺たちは、もっと楽しくなれる。満足なんて、これっぽっちもできなかったってことだ。
 次の日もまた、大勢が集まる中での演奏だった。そりゃあ楽しかったが、それだけだ。翌週にはもっと楽しくなりたい。誰もがそう思ったよ。そのためにまた、練習をするんだ。ケイコの家の地下室や、ヨシオの家のガレージや、自分の家の部屋を使ってな。