俺になにか話でもあるの? ここに座るのは好きだけどさ、俺は忙しいんだよ。練習しないとならないからな。俺みたいな下手くそはさ、楽器をどれだけ長く触ったが大事なんだよ。
 やっぱりお前は偉いよ。ケンジがよく言っているぞ。一番努力しているのはタケシだってな。
 それは違う。努力はみんながしているんだ。ヨシオ以外は素人の集まりだからな。そんな中で一番センスがないのが俺なんだ。けれどな、一番伸び代があるのも俺なんだよ。俺はそう思い、やれることをしているだけなんだ。まだまだ足りない。本来ならバイトなんてしている時間がもったいないんだ。悪いけど、ここでおしゃべりしている時間さえ無駄かも知れない。
 まぁそう言うなって。お前は確実に腕を上げているよ。俺さ、お前たちがガレージで演奏しているって聞いてな、一度覗きに行ったんだよ。予想以上に格好よかった。特に俺は、お前のベースが好きだよ。音色もフレーズも、らしくないのが素晴らしい。
 意味が分からない褒め言葉だな。っていうか、いつ来てたんだよ! 声くらいかけていけばいいだろ?
 覗きに行ったと言ってもな、仕事中だったからな。ついでにちょっと寄っただけだ。ケンジは俺の存在に気づいていたはずだよ。俺に顔を向け、人差し指を突き出していたからな。しかしまぁ、よくあんな場所で演ってられるよな。近所から怒られないっていうのは、才能だな。なんせ集まっているほとんどが近所のおじちゃんおばちゃんだっただろ?
 それはそうだけど、ヨシオの力が全てだよ。ヨシオの家はさ、あの辺じゃ有名だからな。集まってるのは親戚も多いし、近所のガキのお遊びを面白がっているだけだよ。
 はっ、まぁ今のところはその通りかもな。けれど一ヶ月後、お前らは大変なことになっているだろうな。きっと、どうしたらいいかと俺に相談に来るはずだよ。
 なんだよ、それ? 聞き屋はいつから占いを始めたんだ?
 まぁそうだな。俺の観察力はそこそこだってことだ。毎日ここで色んな人間を見て、話を聞いているとな、見えてくることがいくつもあるんだよ。俺には見えるよ。お前たちはきっと、あいつ以上の大物になるんだってな。あいつはこの国で一番にはなるんだろうが、お前たちは世界で一番を目指すんだ。お前らのスケールは、島国には収まりきれないってことだ。
 なにを言っているんだがな。そう思って呆れ顔を見せていると、突然聞き屋は、立ち上がって歌い始めたんだ。正直言って、最低に恥ずかしかった。ギターを弾かずに足踏みと手拍子だけで歌う姿は、そりゃあ凄まじかったな。立ち止まって聞く誰かなんて、一人もいなかった。下手くそだったからじゃない。突然の行為に、街が驚いていたんだ。こいつはなんなんだ? 頭がおかしいのか? そんな感情がそこを通った誰もの頭に浮かんでいたよ。
 俺は恥ずかしさのあまり、立ち上がってそこを去ろうとしたんだ。当然の行動だって思っているよ。すると聞き屋は、歌うのをやめ、俺に抱きついた。