いじめを受けていた彼女に、ナオミはその想いの全てを伝えてはいたんだが、なんせ情報が曖昧で、彼女はナオミが想いを寄せる相手を一時、俺と勘違いしていたようだ。まぁ、それも無理がないんだ。ナオミはさ、幼い頃からの教育のおかげなのか、頭がいいからな。入学自体は実力で果たしたんだが、彼女と同じクラスになったのは偶然なんかじゃない。俺と同じクラスになったのは偶然なんだがな。ナオミは常にケンジに熱視線だったが、その隣には俺がいる。まぁ、勘違いをしても当然だよな。しかも前々から聞かされていた名前と同じなのは俺の方だしな。
 ナオミはケンジと同じクラスになりたいとは、お願いをしなかった。というか、例えその願いを聞いていたとしても学校側にそんなことを伝えるはずもないだろ? 親にだって、その名前は伝えていなかったんだ。
 彼女の裏切りがどうとかっていうナオミの言い分は、俺には理解ができない。けれど、一応はお互いに謝り、ケリがついたようなんだよ。冬休み中の出来事だった。クリスマスパーティーの後、彼女はナオミに会いに行き、二人で話し合った結果だそうだ。
 けれどその後、予想外のことが起きたんだよ。まぁ、俺からいわせれば、どうしてそれまで騙せていたのかって方が不思議だけどな。彼女がこの高校に通っていたことが、彼女の親にバレたんだよ。
 彼女の親はそりゃ怒っていたよ。その理由を問い詰めても、彼女は答えないんだが、検討はつくよな。彼女の父親は、ナオミの父親の会社で働いている。しかも、優秀な直属の部下としてな。
 本当に優秀な人間っていうのは違うよ。上辺だけで気に入られている人間なら、きっと娘に我慢をさせるだろう。仕方がないと、そのままなにも知らなかったことにしていたはずだ。けれど彼女の父親は、しっかりとナオミの父親に楯突いた。そして彼女は、お嬢様学校に転入することになった。
 彼女の本音としては、転入なんてしたくはない。この学校にはヨシオがいるんだしな。けれど、親を騙した償いはしなくてはならない。俺は思うんだけど、彼女の両親ならきっと、本心を伝えたら納得してくれたはずなんだ。余計なことって俺は思うんだが、そういう場面に限ってナオミは嘘を言えないんだ。私が全部悪いんです。そう言った。それで全ては解決してしまったんだ。彼女はその本音を言えなかったんだよ。
 話を聞き終えて、俺はどうすればいいのだろうかと思ったが、答えは簡単なんだよな。どうすることも出来ない。流れに身を任せるだけだ。
 それで彼女へのいじめは終わりか? ちゃんと謝ったのか? っていうか、説明したのかよ!
 俺は少し、怒っていた。彼女が転校するってことは仕方がなくとも、いじめはまだ終わっていないんだ。クラスの奴らはきっと、外で彼女と会えばいじめを続けるんだ。それはきっと、大人になっても続いていく。そんなこともあっただなんていういう思い出に変換をしてな。俺はそれが許せない。
 あの子には謝ったわよ。それじゃあ足りない? いじめをしていたのは私じゃないんだからね。
 けれど、そう仕向けたのはナオミだろ? 今からなら間に合うだろ? 彼女の元に謝りに行かせるか、お前があいつらに謝るんだよ。それくらい出来るだろ?
 うるさいわね・・・・ なんてナオミは言っていたが、なにかを真剣に考えている様子だった。その後ナオミがどうしたのかは聞いていないが、きっと上手くやったことだろうと俺は感じている。ナオミと彼女が楽しく話している姿を、俺は目撃しているからな。
 それでもう一つ聞きたいんだけど、俺たちが文化祭に出るのを止めたのって、ナオミなのか?
 まぁ、そのことはどうでもよかったんだが、気にはなるよな。
 だって、仕方ないじゃない! ケンジ君は私のこと好きだよって言いながら、他の子に夢中になっていたんだから! 許せると思う?
 それでナオミは俺たちが文化祭に出れるかもって話を耳にし、職員室に直行したんだが、ケンジに告白したのはその日の少し前だったそうだ。泣きながら歩いていたんだろうな。目を真っ赤に腫らして。しかも口を真一文字に結んでな。ナオミには、そんな表情がよく似合う。
 ケンジが好きって言った意味は分かっているんだろ? 振られた腹いせにしては、酷いよな。ケンジだけじゃなく、俺や他のみんなにも迷惑をかけてるんだぞ! ひょっとしてだけど、ライヴハウスに出られないのもお前のせいなのか?
 最後のセリフは、冗談として取ってつけたんだが、ナオミは大きく動揺していた。・・・・だって、仕方がないじゃない。震える瞳でそう言った。
 なんだよ、それ? 俺はそう言った。そしてそのときちょうど、終業のベルが鳴り、俺はその場を後にした。
 ヨシオの元に、ナオミが声をかけにやってきた。俺はその場にいなかったんだが、手紙を渡されたそうだ。あの子の連絡先書いたから、後はご自由に。そう言ったらしいよ。
 ヨシオはすぐに電話をした。そして会う約束をする。俺はデリカシーがないから、無理を言ってついて行ったんだ。
 彼女は元気そうだったよ。ヨシオの顔を見て、笑顔を浮かべた。けれど、背後に立つ俺を見つけると、その顔をしかめた。
 戻っては来られないのか? 俺がそう聞く。うん・・・・ 彼女は俯いた。自分で決めたことなのか? 後悔はしていないのか? 俺がなにを言っても、うん・・・・ それしか反応がなかった。
 まぁいいか。俺はさ、一言謝りたかったんだ。ちゃんと気づけなくってごめんな。どんな決断をしても構わないけど、俺たちはずっと友達だからな。
 俺がそう言うと、彼女は顔を上げて笑顔を見せた。うん・・・・ その日の彼女は、それしか喋らなかった。俺に向かってはな。
 馬鹿だ馬鹿だと言われている俺だけど、少しくらいは気がきくんだ。それじゃあ俺はお先に帰るからと彼女に向かって言い、ヨシオの肩を叩いてその場を去って行ったんだ。まぁ、俺としては最高の対応だったと思っている。
 彼女は結局、転校していった。まぁ、親を騙して通っていたんだ。悪いのは彼女だよな。ナオミが強要したといっても、断ることは可能だし、親に相談すればよかっただけのことだ。それをしなかった理由は、ナオミは分からないといったが、彼女はヨシオに伝えていた。
 彼女はナオミにいくつもの借りがあったそうなんだ。親同士の関係なんて、全く関係ないという。彼女の父親は、そんなに弱くはないと、彼女にも分かっていた。半ば無理矢理にこの高校に入学していたと思い、娘を元の学校に転入させるため、大いにナオミの父親の力を利用したそうだからな。
 幼稚園の頃から、彼女はナオミが守っていたんだ。女同士の友情というか、姉妹のような関係だったのかも知れない。とにかく必至にお願いされ、断るなんてことはできなかったんだ。ナオミのためなら、それもいいかなって思ったそうだよ。それに加えて、公立の高校にも少しばかり興味があったそうだからな。
 親に逆らっていたことだけはずっと後悔していた。そして、バレてしまったからには戻らなければならない。その思いが強かったってわけだ。
 彼女は今、ヨシオの恋人未満友達以上ってな関係なんだよ。ケイコの家の地下室にはよく顔を出しているし、お互いの気持ちは俺たちにさえ透けて見えている。まぁ、あの二人はあれでいいんだろうな。とても楽しそうだから。それが一番だよ。
 二年に進級しても、俺は一人ぼっちだ。ケンジも一人だった。ヨシオとカナエは同じクラスになり、ケイコとナオミとユリちゃんが同じクラスだった。しかもそこには、長髪男までいたんだ。俺たちの人生が、加速し始めた。
 ライヴハウスには出られないと知った俺たちは、まずは手始めにヨシオの家のガレージを掃除し、道行く誰かに向けてのライヴを開始した。それはヨシオのアイディアだったんだ。外国ではそんな場所で練習をし、人気を広げるバンドも多いようだよ。日本じゃまず、難しいな。騒音問題もそうだが、楽器を置けるスペースがあるガレージを持つ家は、少ないんだ。あったとしても、車がそのスペースを邪魔している。
 俺たちはそれぞれの方法で金を工面し、路上ライヴに必要な機材を揃えた。そんなに立派なものではなかったが、それなりに音は出る。俺は大満足だったよ。ヨシオは少し不満そうだったが、まぁ、今はこんなもんだよね。馬鹿にしやがってと思ったが、一緒になって笑ってしまった。そうなんだよ。今の俺たちは、そんなもんだったんだ。
 ガレージでの演奏は、ケイコの家の地下室とはまるで違っていた。音が全部、外に出て行くんだ。それって感動だったよ。狭い地下では、音がこもる。自分の音がよく聞こえていたし、なんだかいい音だって勘違いもしていた。少しは上手なんじゃないかって思っていたほどだ。正直、あの状態で文化祭に出なかったことは感謝しているよ。長髪男のバンドよりも酷かったかも知れない。
 機材がレベルアップをすると、腕前をつけなければ恥をかくと知り、どうせなら思いっきり恥をかきながら練習しようと開き直り、俺たちは終始ガレージのシャッターを開け放して練習という名のライヴを繰り返したんだ。初めは練習時にはシャッターを降ろすはずだったんだが、それじゃあ意味ないだろとの、ケンジの一声で決まったんだけどな。
 とにかく度胸はついた。いい練習になったよ。
 お前たちさ、面白いことを始めたんだってな。横浜の街を歩いていると、不意に声をかけられた。聞き覚えはある声だったが、すぐにはピンとこなかった。なんせ俺は、その声を聞くのはあの場所以外では初めてだったんだ。
 聞き屋・・・・ のおっさんじゃん! 思わず叫んでしまった。振り向いた先にいるんだ。驚いて当然だろ? 俺は本気で、聞き屋はずっとそこに座っていると信じていたんだからな。まぁケンジの話やら、噂の大活躍が事実なら、じっとしているはずはないんだが、俺が知り合ってからの聞き屋は、俺がそこを通る度にそこにいたんだ。俺のような勘違いは多いはずだよ。
 あまり大きな声を出すなよ! ってか、おっさんって言うな! そう言って聞き屋は、俺の頭を引っ叩いた。お前って、叩きやすい頭しているな。そう付け加えたよ。
 こんなとこでなにしているんだよ。仕事はいいのか?
 俺はこれでも学生なんだぞ。聞き屋っていってもな、あれは仕事とは違うんだ。まぁ報酬はたまにいただいているんだがな。せっかくこうして出会ったのにさ、このまま帰るってことはないだろ? ちょっと寄っていけよ。
 俺はJR側の西口を歩いていたんだ。そっちにアルバイト先があったからな。駅からはちょっと離れているが、歩いていける距離だよ。ちっちゃなピザ屋だ。配達もやっていたんだ。俺は入学と同時に免許を取っていたからな。春休み生まれっていうのは、こういうときには役に立つ。入学式の前に、原チャの免許を取っていたんだ。アルバイトをするための投資だ。免許代だけだったからお年玉で十分に足りたよ。まぁ、自分の原チャはいまだに手に入れていないんだけどな。いつかは欲しいんだが、いつになることやらな。どうせなら大きなバイクも欲しいし、車だって必要になる。俺はな、自分たちの機材を積んだ車を交代で運転して、世界中を旅して回りたいんだよ。演奏をしながらな。
 アルバイトとはご苦労だな。学生だって働くのはいいことだ。お前は偉いよな。
 気がつくと、いつもの西口まで歩いて来ていた。そしていつもの定位置にしゃがみ込むと、聞き屋はそう言ったんだよ。
 俺になにか話でもあるの? ここに座るのは好きだけどさ、俺は忙しいんだよ。練習しないとならないからな。俺みたいな下手くそはさ、楽器をどれだけ長く触ったが大事なんだよ。
 やっぱりお前は偉いよ。ケンジがよく言っているぞ。一番努力しているのはタケシだってな。
 それは違う。努力はみんながしているんだ。ヨシオ以外は素人の集まりだからな。そんな中で一番センスがないのが俺なんだ。けれどな、一番伸び代があるのも俺なんだよ。俺はそう思い、やれることをしているだけなんだ。まだまだ足りない。本来ならバイトなんてしている時間がもったいないんだ。悪いけど、ここでおしゃべりしている時間さえ無駄かも知れない。
 まぁそう言うなって。お前は確実に腕を上げているよ。俺さ、お前たちがガレージで演奏しているって聞いてな、一度覗きに行ったんだよ。予想以上に格好よかった。特に俺は、お前のベースが好きだよ。音色もフレーズも、らしくないのが素晴らしい。
 意味が分からない褒め言葉だな。っていうか、いつ来てたんだよ! 声くらいかけていけばいいだろ?
 覗きに行ったと言ってもな、仕事中だったからな。ついでにちょっと寄っただけだ。ケンジは俺の存在に気づいていたはずだよ。俺に顔を向け、人差し指を突き出していたからな。しかしまぁ、よくあんな場所で演ってられるよな。近所から怒られないっていうのは、才能だな。なんせ集まっているほとんどが近所のおじちゃんおばちゃんだっただろ?
 それはそうだけど、ヨシオの力が全てだよ。ヨシオの家はさ、あの辺じゃ有名だからな。集まってるのは親戚も多いし、近所のガキのお遊びを面白がっているだけだよ。
 はっ、まぁ今のところはその通りかもな。けれど一ヶ月後、お前らは大変なことになっているだろうな。きっと、どうしたらいいかと俺に相談に来るはずだよ。
 なんだよ、それ? 聞き屋はいつから占いを始めたんだ?
 まぁそうだな。俺の観察力はそこそこだってことだ。毎日ここで色んな人間を見て、話を聞いているとな、見えてくることがいくつもあるんだよ。俺には見えるよ。お前たちはきっと、あいつ以上の大物になるんだってな。あいつはこの国で一番にはなるんだろうが、お前たちは世界で一番を目指すんだ。お前らのスケールは、島国には収まりきれないってことだ。
 なにを言っているんだがな。そう思って呆れ顔を見せていると、突然聞き屋は、立ち上がって歌い始めたんだ。正直言って、最低に恥ずかしかった。ギターを弾かずに足踏みと手拍子だけで歌う姿は、そりゃあ凄まじかったな。立ち止まって聞く誰かなんて、一人もいなかった。下手くそだったからじゃない。突然の行為に、街が驚いていたんだ。こいつはなんなんだ? 頭がおかしいのか? そんな感情がそこを通った誰もの頭に浮かんでいたよ。
 俺は恥ずかしさのあまり、立ち上がってそこを去ろうとしたんだ。当然の行動だって思っているよ。すると聞き屋は、歌うのをやめ、俺に抱きついた。
 なにするんだよ! 俺がそう言うと、聞き屋は笑った。お前たちが今やってることはさ、これと同じなんだ。けれどどうだ? ここじゃあちょっとした有名人の俺だって、こんなことをすりゃあ冷たい視線を浴びるんだ。お前たちはそうじゃない。近所の知り合いだからといってな、聞き耳を立ててくれるってことは、凄いことなんだよ。
 聞き屋の言っていることは、あまり理解できなかったよ。ギターを失った聞き屋は、今ではここで歌を歌わなくなっていたが、以前は歌っていたんだ。評判だって悪くはなかった。立ち止まる誰かは大勢いたんだ。
 まぁ、聞き屋はショックを受けていたのかも知れないな。ギターを失ったばかりだったし、あの人はデビューを果たして一気に有名になった。多少頭がイカれるのも無理はない。ってな風にこのときは感じていたんだが、真実はちょっと違っていたよ。聞き屋は喜んでいたんだ。ギターは失ったわけじゃなく、あの人に譲ったんだよ。あの人の活躍を一番喜んでいるのは、聞き屋だったりする。
 なんだかさ、聞き屋って言うより、話屋だな。俺がそう言うと、聞き屋は俺の両肩を掴んで、そうなんだよ。本当の俺は誰かの話を聞くより、話をしている方が好きなんだ。って言ったんだ。
 俺はもう帰るよと、聞き屋の手を振り払った。また遊びに来いよな。聞き屋はそう言ったが、俺は返事をしなかったよ。いつかの聞き屋のように、背を向けたまま手を上げて振っただけだ。
 その後、俺たちのガレージライヴは、聞き屋の占い通り大変なことになってしまった。近所の人たちだけでなく、いつの間にか増えていた観客に、警察が動いてしまったんだ。
 俺たちのライヴを見ようと集まった多くの中には、同級生もチラホラといたにはいたんだが、ほとんどが見ず知らずの誰かだった。通りすがりに耳に飛び込み、それを気に入る。知り合いに声をかけ、その輪が広がっていく。気がつくと、人並みは車道にまで広がっていた。
 警察の指導により、俺たちのライヴは禁止された。敷地内でなにをしても自由なはずだろ? とは言ったが、騒ぎはまずいよな。俺たちだって、そんなことは望んでいなかった。車道に溢れた観客が、通行車両と揉めたんだ。流石によくないよな。俺たちは大人しく、シャッターを開けての演奏を中止した。
 閉じこもっての演奏は、俺たち向きじゃなかった。曲を仕上げるためには役に立つ。途中で何度も演奏を止められるからな。しかし、それだけじゃダメなんだ。俺たちの音楽は、人前でこそ成長もするし、楽しくなるんだ。っていうわけで、聞き屋の占い通り、ケンジが相談に出向いて行った。まぁ実際には、あれから三ヶ月が過ぎていたんだけどな。俺たちのファンは、マナーがいい方なんだよ。
 やっぱり来たかと、聞き屋はケンジに言ったらしいよ。そしてすぐ、ここで歌えよと言ったんだ。警察には話をしといてやるよ。そうも言っていたが、信用はならない。もともとその場所では、多くの誰かが演奏をしていた。許可なんていらないはずだったんだ。
 聞き屋が言うにはだが、お前たちがやると騒ぎになるからな。そうならないためには、警察の協力も必要になるんだよ。そう言われ、全てを聞き屋に任し、俺たちの横浜駅前デビューが開催された。いつの間にか、夏休みは終わっていたよ。
 お前たちさ、警察に捕まったんだって?
 新学期が始まってすぐ、長髪男に声をかけられた。嫌な予感しかしなかったよ。
 どこの情報だよ、それ?
 学校中に広まってるぜ。知らなかったのか? 今日は一日、みんながその話題で大盛り上がりだよ。学校始まっていらいの問題集団。ケンジ組だってな。
 おいおい、なんだ、そのダサい名前は?
 あれ? お前たちのバンド名だろ?
 馬鹿言うなよ! ポップンロール。それが俺たちだよ。
 はっ、どっちにしろダサい名だな。
 ダサいかどうかはさ、世間が決めてくれるんだ。どうでもいいことだよ。
 なに言ってやがる。俺だってその世間なんだぜ。
 長髪男にしてはまともなことを言うなと驚いた。確かにそうなんだ。こんな奴にも、俺たちの音楽は届くんだ。むしろ、こんな奴にこそ届けるべきなんだろうな。そう思ったよ。長髪男こそが世間の中心だったりする。
 今年は文化祭に出たいとかは言わないのか? ナオミがなんて言うかは知らないけど、俺が相談してやろうか?
 ナオミは最近、長髪男と付き合っているって噂があるが、俺はそれが嘘だと知っている。長髪男が流している噂に過ぎない。仲良くはしているようだが、ナオミにその気がないのは明らかだった。ナオミはまだ、ケンジを諦めている様子がなかったからな。
 女子の気持ちっていうのはよく分からないって、つくづく思うよ。ナオミは今や、ユリちゃんと大の仲良しだ。どういうわけか、そこにナオミの陰謀は感じられなかった。よくある少女漫画とは違うんだ。それはケイコも保証していた。ケイコも含めて、三人はいつも一緒に行動していたよ。まぁ、ガレージライヴには、いくら誘ってもナオミは姿を見せなかったんだけどな。
  文化祭にはもう、興味はないよ。どうせ体育館でやるんだろ? どうせなら、校庭か屋上っていうのがいいんだけどな。それならきっと、大盛り上がりだ。ここの鍵はお前が持っているんだし、一丁やってみるか? なんて俺の冗談を、長髪男は笑いもせずに聞いていたよ。
 今度さ、俺たちのバンドのライヴがあるんだけどさ、見にくるか? 路上なんかじゃなく、ちゃんとしたライヴハウスだぜ。チケット代まけとくからよ。一度全員で本物を体験するといいぜ。勉強になるからな。
 本気でそう言っていたんだろうな。随分と得意げな表情と口調だったからな。
 まぁ、考えておくよ。そう言って俺は、屋上を出て行く。嫌な奴じゃないんだが、面倒な奴なんだよな。ある意味ではだが、ナオミとお似合いなんだよ。まぁ、あり得ないがな。あくまでも、ある意味では、だなんだよ。