名前だけを頼りに、ナオミはケンジを見つけた。俺たちの中学の同級生に、そのときの対戦相手の一人がいたという。と言ってもベンチにも入れない選手で、応援席にいたそうなんだ。しかも、女の子だよ。中学では野球部のマネージャーをしていたそうだが、俺はよく知らない。ケイコは一度同じクラスになったことがあると言っていたが、そんな話は聞いていないと言っていたよ。少年野球時代の話も、ケンジの話もね。空飛ぶケンジの写真を持ち去ったのは、その子だったそうだ。その子からナオミに手渡されていた。学生書に挟まっているのを見せてもらったが、その姿勢はやはり美しい。顔なんて横顔しか見えていなかったけれどな。
 ナオミはその友達からケンジの情報を得ていたようだ。崖から落ちたことも知っていたよ。物凄く心配をして、顔を見に来たこともあったようだ。けれど、まともにその顔を見ることはできなかったそうだ。
 ナオミは親に頼み、この高校に入学をしたそうだが、やはり最初は相当怒られたそうだよ。問い詰められて答えた理由には、呆れていたそうだが、それならば仕方がないと納得もしてくれたそうだ。恋する気持ちを納得させる方法がないことを、ナオミの両親は理解していた。
 ナオミは最初、俺をケンジだと勘違いしていた。どこでどう間違いが起きたのか、いつの間にかナオミが恋をする男の名前が、タケシと入れ替わっていたんだよ。この話の中でナオミが口にするケンジって名は、便宜上であって、実際に当時のナオミはその名前をタケシだと思っていたんだが、俺たちの同級生だっていうその友達もいい加減だよ。俺の名前を聞かされていてなんでケンジの写真を持っていったのか、ナオミのその勘違いに気づいていて敢えてそうしたのか、とにかく俺とケンジは常に一緒にいたから、そんな勘違いにも多少の理解はできるんだがな。顔も背格好も似ていないのに、ケンジと間違えられて声をかけられたことが何度かある。しかし不思議なんだ。ケンジは一度も、俺に間違われたことはないんだとさ。
 トイレの前の水飲み場で、俺がケンジの名前を呼んではいないじゃないかって感じているよ。定かではない記憶だが、俺はよくトイレに行ってケンジを待たすことがある。そんなときケンジは必ず、遅いじゃねぇかよ、タケシ! 毎度のようにそう言うんだ。その後俺たちは少しの会話をしたんだろうが、名前を呼び合うことはなかったはずだと感じている。
 ケンジはやっぱり憎たらしい。入学式の帰り、ナオミと会話をしているそうなんだ。ナオミは体育館でのすれ違い様に、おはよう! なんてケンジから言われたそうなんだ。えっ・・・・ なんて固まっているナオミに、野球場の子でしょ? 久し振りじゃん! なんて言ったそうだ。あいつらしいというか、すけべな奴なんだよ。可愛い子の顔は決して忘れない。
 私がじっと見つめていたから、気がついてくれたんだ。ナオミはそう言った。ケンジは記憶がいいから、じっと見ている可愛い子を思い出すことができたんだ。残念ながら俺は、それほどすけべじゃないからな。どんなに可愛い子の記憶でも、三日も経てば忘れてしまう。けれど、どんな相手だとしても、一瞬しか見かけていなくても、惚れた相手の顔は一生忘れない。
 ナオミはその日から、毎日チャンスをうかがっていた。けれどケンジの側には俺がいることが多い。それで俺に声をかけたってわけだ。勘違いをしながらな。