俺はその日、バイトを遅刻した。もちろん連絡は入れといたよ。お陰で注意はされたが、怒られはしなかった。
 俺は駅前で、彼女のことを三十分は待っていたはずだ。部活動をしていない彼女がそんなに遅れる理由が分からなかった。
 遅いじゃんかよ。俺はそう言った。
 仕方ないでしょ? こんな所で待ち合わせする方が悪いのよ。彼女はそう言うが、俺には理解できない言葉だった。
 じゃあどこならよかったんだよ!
 せめて横浜駅までは行きたかったわよ。
 なんだよ、それ? 分かるように説明できないのか?
 俺と彼女はそんな話をしながら歩き、電車に乗って横浜駅に向かった。
 タケシ君って、馬鹿なの? それとも天然? なんてことを言われたが、俺には馬鹿と天然の違いが分からなかった。俺は俺だよ。なんて言おうとしたが、それこそ馬鹿っぽいなと思って踏みとどまった。
 私たちもね、そういう風に疑われてるの! 彼女は顔を真っ赤にしながら俯いて、小声でそう言った。
 なんだよそれって、感じたよ。俺にはどうでもいいことだった。彼女との仲を疑われても、俺は困らない。なんせ俺たちは友達だろ? 恥ずかしいことなんてないよ。勝手に思わせとけばいい。そんな感じの言葉を、彼女に伝えた。
 タケシ君って、大物かも知れないわね。彼女は目を見開きそう言った。
 だと思うだろ? なんて俺が言うと、突然冷めた目つきになり、ため息をこぼす。
 私にはね、好きな人がいるのよ。彼女がそう言ったのは、横浜駅の地下にある喫茶店に入ってからだった。上手い紅茶を飲ませてくれる店なんだ。しかも、高校生の客は少ない。通りからも店の奥までは見通せない。身を隠すにはもってこいの店だ。洒落た店を知っているのねって、よく言われるよ。
 誰だよ、それ? 言っとくけどな、俺だって好きな人はいるんだぞ!
 なんでそこで対抗心燃やすのよ! 今は私の話が先でしょ?
 どっちが先かなんて、関係ないよなって思ったけれど、その言葉は飲み込んだ。