その可愛い先輩が誰なのかは分からないが、長髪男は意外なほどに女ウケが良かった。特に歳上からはよくモテる。なんでだろうな? 見かけに騙されるのは、歳を重ねるごとに多くなるってことだろう。
 こんな鍵、私のじゃないよ。そう言って可愛い先輩が差し出した鍵には、木の板がぶら下がっていた。俺はすぐにピンときたが、先輩は馬鹿だった。なにこの汚いの! そう言いながら投げ捨てようとしたんだ。俺は慌ててそれを制し、ごめんそれ、俺のだったよ。そう言って奪い取り、すぐさまポケットにしまったんだ。木札がぶら下がっているんだ。普通の鍵じゃないってことは想像できる。まさかとは感じていたが、大正解だった。ここの鍵であって大喜びだ。俺はすぐに学校を抜け出し、コピーを作った。そしてその日のうちに、何気ない顔でさっきの階段で落としていきましたよ。そう言って奴に本物を返したんだよ。奴は物凄く喜んでいたな。安心したんだろうな、きっと。ガタイに似合わない笑顔を見せながら、俺に握手をせがんできた。振り解こうにも奴は馬鹿力だからな、俺が痛いですよと言うまで、握った手を揺さぶっては感謝していたよ。さっきのことは見なかったことにする。そうも言っていた。
 なかなかに話し上手だったな。長髪男の意外な特技に、俺は夢中で耳を傾けていたってことだ。
 早くしないと授業が終わっちまうな。俺はさ、サボるのは嫌いなんだ。そう言って長髪男は腰を上げ、教室に戻って行ったよ。なにをふざけたことをって思ったが、俺が口にしたのは単純なお礼の言葉だった。ありがとうな。それだけだ。
 俺もすぐに教室に戻ったよ。すみません、お腹の調子が悪くって。そう言ったんだが、あながち嘘でもなかった。俺は毎日、調子が悪いんだ。お腹も含めた、人生全てのな。
 そんなことを考えながら教室で自分の席を探した。高校生だっていうのに、俺たちの学校では、月に二度の席替えがあるんだ。より多くの人間との関わりが必要だとか言っていたが、四十人にも満たないクラスだ。関わりを持たずに一年間を過ごすなんて難しい、ってそのときは思ったが、じゅうぶんにあり得るんだよな。中学の同級生で、名前も顔も分からない奴は意外と多い。同じクラスになった奴でもだよ。