ヨシオの家にはドラムが置いてあった。父親が買った物だというが、ほとんど使用していないと言っていた。今ではケイコの家にある。ケイコの家はヨシオの家ほど大きくはないが、父親の趣味である映画鑑賞のための地下室があり、そこに置かれているんだ。
 楽器を持っていないのは俺だけだった。ヨシオの家にもカナエの家にも、ベースはなかった。仕方なしに俺は、四人を引き連れて楽器屋に行ったんだ。そしてまずは手頃な価格のベースを試奏した。俺としては、それでも満足だったんだ。そのまま会計をすればよかったとも思うが、今のベースには満足もしている。きっとだが、一生物を手に入れたとの実感があるんだ。
 俺がベースの音を出して楽しんでいると、ケンジが店員に店で一番のオススメは? と尋ねたんだ。予算は無限だよ。なんて付け加えてね。
 その店員が持ってきたベースは、真ん中に浮かぶ黒い楕円形が特徴的だった。木目が綺麗で、手に持つととてもしっくりとくる。弦を弾くと、その音に衝撃を感じた。その前に手にしていた安物とはまるで違う重みのある音が胸に響いた。
 物凄くいい楽器だって感じたよ。値段を聞いても、驚くほどの高値ではなかった。まぁ、最初に手にしたのとは十倍近い差があったんだけど、それ以上の価値を感じられたよ。
 けれど俺には、なんだかしっくりとこない点が一つあった。立ち上がってその姿を鏡で見たけれど、俺らしくないっていうのが素直な感想だったんだ。ケンジたちも揃って微妙な顔を俺に向けていた。
 タケシにはさ、こっちの方が似合うんじゃない? そう言ってケイコが一つのベースを指差した。同じような木目調ではあったけれど、色の濃さはもっと薄く、その形はまるで違っていた。似ている部分もなくはないが、抱えたときの胸に飛び込む角の形が印象的で、抑えた丸みも好印象だった。俺はその見た目だけで惚れていたよ。俺にとってはだが、音が想像できる見た目をしていたのは、そいつ一つだけだったんだ。
 手に持った感じも最高だった。しっくりと来るんだよな。ネックは手に、ボディは身体に馴染む。立ち姿も完璧だった。ケンジたちだけでなく、店員でさえ感慨のため息をこぼしていた。
 音を鳴らすと、俺の鼓動が喜んだんだ。楽しい音を出す楽器なんだ。俺の感情が、もろに伝わるんだよ。こんな音がするなんて私も知りませんでしたよと、店員が言う。俺も買おうかななんて呟きを漏らしていたよ。
 買うしかないでしょ。そう言ったのはヨシオだった。そうだよなぁ・・・・ 俺の言葉だ。
 結局俺は、その場でローンを組んだ。未成年者は親の承諾が必要だと言われ、電話で母を説得した。案外に話が分かる親で助かるよ。まぁ、金は全部俺が払うんだけどな。少しくらい助けてくれてもいいと思うんだが、まぁ仕方がないな。俺の家はあまり金に余裕がないんだ。
 こんなことをここで話すのは恥ずかしいんだが、俺はバイトを始めてからお小遣いを貰っていない。もちろん、俺から拒否をするはずはない。アルバイトをしているんだから、自分のことは自分でしなさいよ。本当なら食費を払って欲しいくらいなんだからね。そう言われてもいる。