今日はさ、俺の家族を連れて来たよ。ケンジはそう言いながら、箱型の建物の裏でしゃがんでいた誰かに近づいて行く。
 本当に来たのか? 学生は暇そうでいいな。
 そうなんだよ。暇なんだよね。
 部活でもやればいいだろ? 目指せ甲子園! ってな。まぁ、今時流行らねぇか?
 野球はもういいんだよ。うちの学校はさ、部活動に力は入れてないしね。俺は決めたんだ。バンドで世界一になるってさ。
 ふん・・・・ なんだよ、それ?
 ケンジはそこにしゃがみ込む誰かの隣に腰を下ろしていた。壁に背中を凭れている。俺はそんな二人の向かいで仁王立ちだよ。どうしていいのか分からなかったんだ。人通りの多いあんな場所にしゃがみ込む勇気は、まだなかった。
 今日はあの人、来ないの?
 やっぱりお前もあいつに会いに来たのか? 残念だけど、来ないだろうな。俺は昨夜から大忙しでさ、そんな日にあいつが来ることはないんだよ。
 なんだよ、それ? 意味わかんないんだけどさ。
 俺がギターを持っていない日には、来ないってことだ。俺は大抵の日はギターを持って来るんだけど、あんまりに忙しいときはついつい忘れちまうんだよ。今度からここに置きっ放しにしようかと思うんだけどな。お前たちで見張っててくれないか?
 あんた評判いいんだろ? だったら誰も盗んだりしないんじゃない? 今日友達に聞いたんだけどさ。あんたなんだろ? この街で最近有名になってる聞き屋ってさ。
 俺はずっと二人の話を聞いているだけだったんだが、聞き屋っていう言葉には反応せざるを得なかった。横浜の街で、ちょっとした噂になっていたんだ。この街の事件を未然に防ぐヒーローだってね。俺はそんな話、信じちゃいなかった。単なる都市伝説ってやつだと思っていたんだよ。けれど現実に、その聞き屋が目の前にいたんだ。誰だって驚くよな。
 本当にそうなのか? 聞き屋って、実在するのか? 俺は興奮気味にそう言ったよ。自分では無意識に、その場にしゃがみ込みながらな。
 俺ってそんなに有名なのか? ただここに座ってギターを弾いているだけだ。そりゃあたまには誰かの話を聞いたりもしているけれどな。聞き屋だなんて呼ばれてるのも、あまり好きじゃないんだよ。
 そんな話よりさ、本当に今日は来ないのか? だったら帰ろうかな? ここにいても目立つだけだからな。
 そうしてくれると助かるよ。昨日から寝てなくてな。俺も帰ろかと考えていたんだ。明日ならきっと、あいつは来るだろうな。また明日来いよ。
 聞き屋の男は立ち上がり、ちゃんと勉強するんだぞ、学生さん。そう言ってその場を去って行った。あんただってまだ学生じゃないか! 聞き屋の背中にケンジがそんな言葉をぶつけた。聞き屋は背中でその言葉を受け、右手を上げて振っていた。