俺達が目撃をしたのは、階段を半分ほど登ったときだった。叫び声と同時にケンジの自転車が崖の上から飛び出してきたんだ。プロペラはしっかり回っていたよ。ほんの一瞬だったかも知れないが、俺達の目には、空を飛ぶケンジが映ったんだ。数秒間の飛行だってケンジは言い張っているが、俺達にも最初はそう感じられたんだが、現実はあっという間で、一秒も経ってはいなかった。
 崖と言っても、いわゆる断崖絶壁ではなく、斜め六十度ほどの緩やかな崖だった。しかも、草木が生えていた。ケンジの自転車は、ストンと崖に落ちたんだが、なんとかバランスを保って着地した。結局はその勢いに耐えることができなく自転車から身を剥がされ、木に引っかかるまでの数メートルを転げ落ちていったよ。自転車は勢いのままに田んぼまで滑り降りていった。途中で幾度も木にぶつかりながらね。
 俺達四人は、その場でしばらく固まっていた。身動きができなくなったんだよ。正直、ケンジの大怪我は免れないと感じていたんだ。下手したら死んでいるかもとも思ったが、バカはそう簡単には死なないから助かるよ。
 自転車が田んぼに落ちた後の静けさがどの程度続いていたのかは記憶にないが、突然の笑い声がそれを破った。ケンジは一人、大笑いを始めたんだよ。
 ヒャハヒャハ笑いながら、イッテェなんて言葉を途中で挟む。俺達四人は誰にともなく顔を見合わせ、あのバカァ、全くもう! なんてそれぞれに呟き、崖の中に入っていった。
 ケンジは大の字でそこにいた。あちこちに擦り傷はあったが、大した怪我ではなさそうだった。安心した俺は、ケンジにこう言った。
 もう一度挑戦してみるか? 今度はケンジも一緒に田んぼに飛び込もうぜ。チャリンコだけじゃ可哀想だろ。
 あいつは笑いながら呻いたよ。やめろって、変なこと言うなよ。肋の辺りがイテェんだよ。そう言うとまた、笑っては呻いてを繰り返していたよ。
 俺達四人は、ケンジが笑いそうな言葉をわざと落として楽しんだ。心配させた罰ってやつだ。こればっかりは仕方がない。
 ケンジは肋骨を三本折っていたようだが、治療法なんて特になく、普通に学校に来ていたよ。絶対安静って医者からは言われていたようだけど、ケンジにそんな上等な真似はできない。まぁ、俺達がそうはさせないんだけどな。あの日から二週間は、ケンジをいかにして笑わせるかに、学校中を巻き込んで夢中になっていたんだ。